見出し画像

「子どものスポーツ格差」から考える今後の学校体育

1はじめに

 最近読んだ本の中で、特に考えさせられる1冊があった。それは「子どものスポーツ格差」(清水紀宏著・大修館書店)である。体力の低下や二極化が叫ばれて久しい。そこには、テレビゲームの普及や三間(時間、空間、仲間)の減少等によって、外遊びをはじめとする身体活動の機会が減ったこと等が原因として挙げられることが多い。
 「子どものスポーツ格差」では、また新しい切り口から体力の低下や二極化について論じている。そこから、今後の学校体育の在り方について考えさせられる部分が多くあった。

2「子どものスポーツ格差」の概要

 本書では、長年問題視されている体力の低下傾向や体力・運動習慣の二極化について格差、貧困、不平等という側面から調査、分析をしている。様々な調査を通して、運動能力・体力を身に付ける社会的意義や低体力児童には、いくつかの特徴があるということが分かった。以下、本書の調査ではっきりとしたことを引用しながら整理し、まとめた。

①体力と学力、学校生活との関係

・学力が高い子供は、体力も高い傾向にある。
・スポーツが好きな子供、体力が高い子供ほど学校生活満足度が高く、孤独感が低い。
・保護者のほとんどは、「友達とスポーツを楽しむこと」を「病院に行くこと」と同程度、生活必需的と捉えている。
 一定水準の体力、運動能力を身に付けることは、学校生活に適応し、満足感を得るためにも重要なことだということがわかる。

②家庭背景との関係

・世帯収入400万円未満の家庭の子供は有意に体力が低い。
・スポーツ投資家庭とスポーツ非投資家庭で体力に大きな格差が見られる。
・スポーツ投資の有無による体力格差拡大期は、小学4年生頃である。
・保護者の社会関係資本は小学校低学年時代から体力との関係が見られる。
子供にとって変えようのない家庭背景によって運動習慣や体力の格差が生じてしまっている。

③低体力児童の特徴

 低体力児童の家庭環境・背景には、以下のような特徴がある。
・世帯収入、学校外教育投資、学校外スポーツ投資が少なく、小学校期の学校外スポーツクラブ加入率も著しく低い。また、親の社会関係資本も貧しい。
・子供への学歴期待が低く、毎日朝ご飯を食べさせていない家庭が多く、学校の出来事について子供と話をすることが少ない。
・子供のスポーツへの期待が低く、スポーツサービスの基準として、費用が安いこと、親の負担が少ないことを挙げる割合が高い。
・子供とスポーツをしたり見たり話したりすることが少なく、親自身もスポーツが苦手でスポーツをすることも見ることも好きではなく、現在もスポーツをしていないものが多い。
体力・運動能力の低い子供たちは、教育資本やスポーツ資本に恵まれない家庭に集中していると考えられる。また、これらのことから、運動習慣・体力格差は世代を超えて継承されていく危険性が考えられる。

3これからの学校体育の在り方

 上記の問題意識を踏まえ、筆者の考えを記述する。まず、様々な課題がある中で、学校がアプローチできる範囲としては、子供とその家庭があげられる。そこを中心に、どのような関わり方や取り組みができるかを考えてみた。

①学校体育の充実

 当然ではあるが、まずは教科体育を中心とした学校体育を充実させることが非常に重要だと考える。
 新型コロナウイルス感染拡大により、体育授業の内容や活動が制限された。これにより、児童の身体活動の機会は大幅に減少した。その結果、2021年度全国体力・運動能力,運動習慣等調査(2021スポーツ庁)によると,2019年度に比べ実技8種目の成績が軒並み低下し,体力合計点も男女ともに大きく低下した。これは、学校体育が体力低下の最後の防波堤になり、必死に体力低下を食い止めていた証拠ではないだろうか。
 また、本書の調査では、学級間で体育授業の効果に大きな差が見られるということも指摘している。学習指導要領に明らかに準拠していない体育授業が2割程度あったという。さらに、学級により体育の授業の成果(運動の楽しさ、愛好的態度)を感じる割合に30%以上の差があることも指摘されている。特に小学校では、体育を専門としない教諭も多くいる。また、日々の多くの業務を抱える中で、体育の教材研究の優先順位は低くなってしまいがちである。そんな中で、活用できるのが以下のホームページである。

 これは、全学年の全領域の指導案や学習カードが掲載されていて、すぐに授業で活用できるものが多い。他の都道府県でも似たような取り組みをしているところがあった。まずは、このようなものを活用し、学校全体の体育授業の質を向上させていきたい。そして、授業で学習した運動を休み時間等で遊ぶようなことがあれば、授業の枠を越え、子供の生活に運動が溶け込んできた証拠と言えるだろう。

②スポーツとの多様な関わり方を体験させる

 低体力児童の家庭背景の特徴に、「子供とスポーツをしたり見たり話したりする機会が少ない」ということが挙げられていた。これに対して、体育授業を通して、子供がスポーツに興味を持ったり好きになったりすることで家庭でもスポーツをしたり見たり話したりする機会を作れるのではないかと考えた。
 スポーツには「する、見る、支える」に加えて「知る」という関わり方がある。体育授業では、これらの楽しさを存分に味わわせることが大切である。子供たちの一番の楽しみは「する」であり、スポーツをすることが体育の醍醐味だということに異論は無い。それに加えて、「見る」ことや「支える」楽しみも体験させることが重要だと考える。そうすることで、家庭でスポーツを見たり話したりするきっかけ作りになるのではないかと考える。大人も子供も嫌いなことを「する」のは億劫である。そこで、まずは家庭でスポーツを見たり話したりする機会をつくりたい。学校でスポーツを見る楽しさを体験すれば、家でもテレビで「見よう!」という気持ちになり、それがきっかけで家庭にもスポーツの輪が広がっていく。そのようにして、学校が主体となって、家庭でもスポーツに関わる機会を広げていきたい。そのような取り組みを取り入れた授業実践例のリンクを以下に記載した。

③スポーツに関する情報発信

 学校では、家庭に向けて情報を発信する手段が多くある。その中で、スポーツや運動習慣、体力に関する情報を発信していきたい。低体力児童の家庭背景として、「親の社会関係資本が貧しい」ということが挙げられていた。これは、周りの親との関係が薄く、相談をしたり情報を得たりできる機会が少ないということである。このような家庭に、正しい知識を情報として届けることはとても重要なことである。また、このような家庭は、学校外スポーツへの関りも薄いことが考えられる。部活動が学校から離れようとしている中で、学校外スポーツの重要性は益々高まっていくことが予想される。しかし、周りとの関係が希薄で、そのような情報を十分に得られない家庭では、子供がスポーツをしたくてもやれないという状況に陥ってしまう。そこで、学校側から地域のスポーツクラブやイベントの情報を提供することが大切になってくる。それが子供のスポーツに関わる機会を作ることにもつながり、豊かなスポーツライフの形成にも大いに役立つと考えられる。

4 まとめ

 運動能力・体力は子供たちの生活を充実させるためにとても重要なものであった。それが、子供の力では、どうしようもできない部分で不平等を生じさせ、格差につながっているという状況は大きな問題であると感じた。
 このような不平等を少しでも減らし、子供たちによりよい生活が遅れる力を身に付けさせることこそ、公教育の果たさなければならない役割だと感じる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?