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無謀な男と優しさの早さ

バイト終わりの帰り道、一人の男が道端で演説していた。祖母の農業を手伝っているので、もちろん田園ばかりの道だ。「日本の未来を!教育を!」と声高高に叫んでいた。彼は片手に「高知が大好きやき」と書かれたいかにも田舎臭い旗を掲げていた。
このような方々を目にすることは少なくないのだが、一つおかしな点がある。"異常な程の田舎道"で"一人"で演説している点だ。もちろん誰も気に留めずに彼の横を颯爽と駆け抜けていく人ばかりだった。最初はもちろん僕もその一人だ。家に近づくにつれて妙な気持ちが沸々と湧いてきた。「なぜ一人で?」「なぜあんな場所で?」疑問は募るばかりだ。そしてなぜか僕は彼と話がしたくなった。彼を応援したくなったのだ。選挙で1番重要視されるのはもちろん政策だったり街を良くする方法だ。それは承知している。だがその時の僕の頭には一切そのようなことは思い浮かばなかった。人通りの少ない場所でも訴えかける彼の姿勢とある種無謀とも言えるやり方に動かされたのだ。何か支えになればいいと思い、Uターンしたが、そこに彼は居なかった。ものの10分の出来事だったが、僕は声を掛けることができなかった。
無駄足だとは思わない。あのまま帰っていたら僕が少し僕で無くなる気がしたのだ。これは自己中心的な気遣いだが、それで良いと思っている。次会う時は迷わず声を掛けたい。僕の中の優しさが少し成熟した気がする。

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