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ミスして落ち込み、いちごオレでは癒せない(問いギャルシリーズ)

あずき「D会議室とったから。30分。来て」
こころ「えっ、はい……」

いきなりだった。
こころはそもそも、先輩であるあずきと、そこまで関わりは無かった。
一度だけ小さなプロジェクトで一緒になり、その時の仕事っぷりを見て、尊敬を抱いてた。
そんな相手から、いきなりの会議招集。

こころ(あずき先輩にまで、迷惑かけちゃったのかな……)
こころ(やっぱり私には、このプロジェクトは荷が重いんじゃ……)

あずきは、いつもの速足で会議室に向かっている。
こころも、重い足取りを急がせなければならなかった。

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柄村こころ:軽度の社畜。勤勉家。趣味はヒトカラでシャウト。

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十ヶ宮あずき:こころの尊敬する先輩。超理系。趣味は、秘密。

・・・

あずきは会議室の前に立つと、こころを促すように中に入れた。

こころ「失礼しま……え?」

こころは入ってすぐ、立ち止まってしまった。
無理もない。思いがけない光景だった。

4人ほど入れる小さな会議室。
真っ白な壁面のホワイトボードと、グレーのタイルカーペット。
無機質なライトグレーの会議用デスク。
その上に、様々なお菓子やジュースが置かれている。

あずき「ごめんなさい、好きなの無かったかしら?」
こころ「いや、そんなことはないです!」

こころはようやく意図を理解した。
その瞬間、涙腺が緩む。
何しろあずき先輩は、そういうことをするキャラではない。正直。
だからこそ、だった。

あずきは席に着くや否や、ペットボトルのいちごオレを開けて飲んだ。
ちょっと意外ですね、と頭では思ったが、言えなかった。

あずき「好きなの取って。会議は30分」
こころ「あ、ありがとうございます……」

濃いと書かれたお茶のペットボトルと、棒状のプレッツェルにチョコがコーティングされたお菓子を取って座った。
こころは恐る恐る、あずきの顔をうかがう。

あずき「……」
こころ「……」

静寂に窒息しそうになる。
私から声をかけたほうがいいのか?

あずき「致命傷じゃないなら、失敗は多くしたほうがいい」
こころ「あっ、はい、そうですね……」
あずき「……」

別に怒ってるのではない、ということはわかる。
けれどもなぜか、ナイフのように鋭い、と感じる。

あずき「あなたにどう見えているかわからないけど、私はよく、不安で押しつぶされている。特に自分の失敗を見つけると、叫びたくなる」
こころ「えぇっ」思わず笑い交じりで反応してしまう。叫ぶあずき先輩など、想像できない。

あずき「本当のこと。失敗の原因は自分にあると考えると、苦しいの」
こころは、小さいとはいえ、新たに参画したプロジェクトで自分がミスを犯したことが、頭から……いや心臓からずっと抜けていない。

あずき「でもね、それは一番楽なの」
こころ「楽……?」
冗談でも、楽だとは思えなかった。

あずき「だってそうでしょう、自分のことなら、自分でこれから変えていけば良い。他人や環境は、そう変わらないもの。だから相対的に、最も解決が容易だと私は思う」

それはごもっともだ。でも……。
頭ではわかるのだけど、気持ちが追い付かない。

あずきは喋り終わるとすぐに、チョコでコーティングされたナッツたちを、口に流し込む。
リスのように頬を膨らませている。
これは私を笑わせようとしているのか……?
いまのこころには情報量が多すぎて、頭が処理しきれない。

こころ「強い考えですね……」
あずき「そう。ただの考え。感情はそうはいかない。でも考えなら、いくらでも強くいられる。繰り返すけれど、私の感情は強くない。人並み、いえ、人より弱いと思う。だから考えで補完している。あなたにそうして欲しいということではない。あなたにはあなたの方法がある。ところで私、冷徹な女でしょう?」
こころ「え、いえ、そんなことはありません」表情でその気持ちを精一杯表す。質問の意図はわからないが……。

一瞬その顔を見たあずきは、すぐに抹茶ロールケーキに視線が移る。手が伸びる。

あずき「ストレートに言うわ。あなたはよくやっている。ミスは誰にでもある。十分反省したでしょう? 検証して、具体的な対策を立てたらそれで終わりで良い。違う? あなたの優秀な頭脳を、もっと他のことに使って」
こころ「す、すいません」
あずき「なぜ謝るの?」
こころ「あ、あの、いえ……自分が不甲斐なくて……」
あずき「私は謝罪など、まるで求めていないのだけど」
こころ「そうですよね、すい」ません、と言いそうになる。

あずき「わかっていると思うけれど、私はあなたの気持ちを癒すことなど、できない。そうしたいけれど、私にはその方法がわからない。そのためにこの30分と会議室を用意したわけじゃない。ただ、私から見てあなたは今、明確に課題に直面している。あなたの気持ちを見ることはできなくても、姿勢や声調は観察できるから。あなたのミスが問題なのではない。あなたのミスへの向きあい方に課題があると感じるの。それを責めたいのではない。繰り返すけれど……あなたはよくやっているわ」

あずきは早口で言い終わると、いちごオレを勢いよく飲み干す。
静かな会議室で、ごくん、ごくん、という音が鳴った。

こころは、どういう気持ちになればいいか、わからなかった。
でもひとつ、頭に残った。
私は、私の「ミスへの向き合い方」に課題がある……。

あずき「以上。何かある?」
こころ「え、あ……ありがとうございました! 何をすべきか、わかった気がします」
あずき「そう。じゃあ、今日は帰って」
こころ「え? いやまだ仕事は残っ」
あずき「ファイルの場所教えて。やっておくから」
こころ「え!? でもそんな、」
あずき「社内に話は通してあるから。今日は休んで」
こころ「え」

こころはまた、処理が追い付かなかった。

あずき「繰り返すけれど、あなたの気持ちを癒す方法を、私は知らない。けれど、あなたに休む時間を与えるという、具体的な行動をとることはできる」
こころ「そ、そんな……あ、ありがとうございます……」
あずき「あなたの頭脳が適切に稼働するようにするための、仕事だから」

結局こころは、このささやかな、8分で終わるお茶会で、何も口にしなかった(できなかった)。
色々なお菓子を、目いっぱい手渡された。
けど、いちごチョコパイはあずきさんが自分で持って行った。
いちご、好きなのかな……。

こころは自分の席に戻って、プロジェクトメンバーに声をかけた。
事情を説明しようとしたけど、そうする前にリーダーに「いいから帰って寝な~!」と言われた。

こころ「ありがとうございます、元気になって帰ってきます」
と言った。すみません、と言う代わりに。
「達者でな」と言われた。いや、旅ではないのだが。

最後にあずき先輩にお礼を言おうとしたけど、どうにも見つからない。
仕方なく、お礼のメールだけ出して、こころはオフィスを後にした。
まだ、空は青かった。

ピコッ。
青白い蛍光灯の下、非常階段で、スマホにメールが届く。
中を読んだあずきは、はあっ、と声交じりの大きなため息を一つ。
あずき(あぁあああ、緊張した! 嫌われてないかな、でもここに笑顔の絵文字があるし、文全体で感嘆符が4つもある。挨拶も含めた全体で6行あって、長くも短くもない範囲。だから大丈夫、大丈夫……)


一般的にパイロットは、完璧な着陸をしなくてはいけないと思い込みがちです。しかし完璧な着陸を目指して何度もやり直しをしていたら、時間通りに乗客を目的地に送り届けることなどできません。燃料を使い切ってしまい、最終的には墜落してしまいます。だから「100点じゃなくていいから80点を目指しなさい」と指導をするそうです。

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◆問いギャルシリーズ
世の中ってホント理不尽! それでも、たくましく生きていく乙女たちの日常と、ひとくちヒント。

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◆文・イラスト・デザイン:ノーマル浮枝



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