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伝えたいけど伝わらない。それは問題なの?(問いギャルシリーズ)

こころ「あの、ありがとうございます。お時間いただいて」
あずき「構わない」

おじちゃんとおばちゃんが切り盛りしている小さな和食屋。
仕事の昼休憩。二人でランチ。

こころ「空いていてよかったです」
あずき「そうね、空いていなかったら来なかった」
こころ「……最近どうですか、プロジェクトのほうなど」
あずき「そうね、あなたは?」
こころ「え、私ですか?」

と、いうところでおばちゃんが注文を取りにきた。
こころはサバの味噌煮定食を注文。
あずきはハンバーグ定食を注文。
和食じゃないんだ……。

こころ「最近は、ぼちぼち、です」
あずき「……」口が開きかけたけど、その後、少し黙る。

あずき「私は、ぼちぼち以下」
こころ「えっ、そうなんですか?」
あずき「ええ。何か不思議なの?」
こころ「いえ、あずき先輩は何でも軽々こなしてるイメージがあって……」
あずき「私だって、大変よ」
こころ「そ、そうですよね」

ずずっ。
あずきがお茶をすすって、沈黙。
あなたは? という、間。

こころ「……こないだプレゼンがあったんですけど、うまくいかなくて」
あずきの視線が一瞬こころの顔に向く。
あずき「そう」

こころ「何というかその、なんとかうまくやらなきゃと思って、たくさん考えて、たくさん調べて、たくさん準備したんですけど……」
あずき「けど?」
こころ「結局何が言いたいのかわからない、と言われてしまって」

こころは一瞬、下唇を噛んだ。
あずきは、そういう一瞬を見ている。

あずき「それで?」
こころ「その、どうしたらうまく伝えられるのか、って悩んでまして」
あずき「今後うまくやっていけるか、不安という表情ね」
こころ「え、あ、はい」
あずき「伝えるというスキルの問題と、不安という感情とを、分けて対処したほうが良いと思う」

悩んでいる、という曖昧な表現を、スキルと感情とで分割された。
言われてみればそうだな、と思うのだけど。
不安で頭がいっぱいで、そこまで全然、考えられてなかった。

あずき「伝えるというスキルは、訓練すれば良いわ。それだけ。感情は、そうね……その、お魚でも食べて元気になって頂戴」
というと、あずきは照れるように少しうつむいた。
こころ(あずき先輩なりの励ましなのだろう……)
あずき(この子、何頼んでたかしら、イワシ? マグロ?)

こころ「ありがとうございます。そうですよね……あずき先輩は、どやって伝えるスキルを磨かれましたか?」
あずき「私も、もちろん勉強中ではあるけれど。強いて言うならそうね……数学かしら」

すうがく? あの証明とかの数学?
ピンと来なかった。

というところで料理が来た。

あずき「あなたは、うまく伝えられるか、と言っていたけれど。いただきます」
こころ「あ、はい。いただきます」
あずき「あなたにとって、うまく伝えるとは、どういうことなの?」
こころ「え?」

うまく伝えるとは、どういうこと?
自分に、そう問いかけたことはなかった。
ただ、うまく伝わらない! と感じることが多かった。

あずきにとっては、「え?」が十分な回答となった。
あずき「どうなったら良いのか。行き先がわからないと、進みようがないでしょう?」
こころ「そうですよね……」

あずき「質問を変えるわ。そもそもなぜ、伝えなきゃいけないの?」
こころ「え、えーっと」

あずきは、ハンバーグを丁寧に左右上下に小分けにしている。
けど1ピースが大きくて、口に入れると頬が膨らむ。
こころの回答を待っている。

こころ「うちのサービスを、理解してもらうため……」
あずき「本当にそうかしら?」
違うわよね? まで、こころには聞こえた気がした。

あずき「相手が、サービスについてわかりました、ありがとうと言ってくれたら、それでOKなのかしら」
こころ「……いえ、違いました」
あずきは箸を進めている。
こころ「契約してもらうのが、今回のプレゼンのゴールです」
あずきは視線をライスに向けたまま、少しだけ微笑む。

あずき「まぁ細かいことはわからないけれど。プレゼンでもなんでも、仕事のコミュニケーションの目標は大体共通している。相手の反応や行動を引き出す。そうでしょう?」
こころ「そうですね」
あずき「買ってください、YES、NO。何々をやってください、YES、NO。一緒にランチに行きましょう、YES、NO」

こころは自然に笑う。
それを見てあずきも少し笑う。

あずき「プレゼンではもちろん、YESを引き出したいでしょう。そのために何が必要かしら。全部をまんべんなく伝える必要は無い。むしろ逆効果になるかもしれない。わが社のサービスの特徴は38個ありますと言われて、1個ずつ丁寧に説明されても、困るでしょう」
こころ「そうですね(笑)」
あずき「相手に合わせて何を伝えるべきか、というのは変わるでしょう。もちろん、思った通りにはいかないことも多い。これはYESだけどこれはNO、とかね。でもそれでもいい。最終的にYESになればいいんだもの。何にNOが出たのか、それはなぜか、わかれば対応もできる」
こころ「そうですね」

・・・

食事は進み、おばちゃんはお茶のおかわりを持ってきてくれた。
あずき先輩はいちご&抹茶の大福を食べてる。

あずき「まぁ、あなたならできるわ」
こころ「ありがとうございます。やれる気がしてきました」
あずき「そう、ならよかった」
こころ「ぜひまた、お昼、ご一緒しませんか?」
あずき「……構わないわ」
こころ「やったっ」

こころは、少し自信が芽生えていた。
実際、あずき先輩から、YESを引き出せたのだ。


大事なことは「あなた」が言いたいことではない。「あなた」が大切だと思っていることでもない。それが、相手にとって、伝えられることが期待されている「メッセージ」になっているかどうかなのだ。

照屋華子;岡田恵子.ロジカル・シンキングBestsolution(pp.4-5).東洋経済新報社.Kindle版.


◆問いギャルシリーズ
世の中ってホント理不尽! それでも、たくましく生きていく乙女たちの日常と、ひとくちヒント。


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◆文・イラスト・デザイン:ノーマル浮枝

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