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20 スライム襲来
「あっ、いっけなーい」
僕、アイ。ちょっとドジな……何歳だろう? 多分12歳か13歳くらいの、普通の男の子! パンをくわえて走って家を出たのには理由があって、それが何かというと子どもたちが元気すぎるから。そう、今日は、子どもの面倒を頼まれていて、一人で三人の元気な男の子を見るっている大変な任務を請け負ったのだけど、朝からもうっ、椅子には座らないし、朝ごはんも食べないし。
そして事件は起きたってわけ。一番の年上で生意気な少年アボスが家を飛び出しちゃった。家の前で走り回るくらいならほっとけば良いけれど、なんと彼ってば、山のほうへ走ってっちゃったの。
山は危険って、何度言ったらわかるのよ。
僕は急いで家を出て、アボスを追いかけてる。
でも、彼の姿はもう畑の遠くへ行ってしまって、見えない。彼が出て行ったことに気付いたのに遅れたせいだ。足跡を辿って、木々を越えて。
と、ある家の前を通り過ぎたとき、門から出てきた人物に気が付かず、勢いよくぶつかってしまった。
いったい、誰? 確認せずに門から出てきたのは。
その人は、「ごめんごめーん」と言って、僕が姿を確認する前に家の塀を回って裏へ隠れてしまった。
背の高い男。
まったく……礼知らずなやつ。
僕より年上の大人に見えたけど……。
ちょっと、右手が疲れてきたし、カメラを持ちながら走るのにも疲れたので、ここら辺で一旦カメラは筆者に渡すねー。
あとは撮影たのみます。
はい。受け取りました……
アイは北西の山際まで、農地の子どもたちを追ってやってきた。
彼の説明した通り、今日はこの子の面倒を見る仕事を引き受けたのだが、これは予想の何倍もしんどい仕事だった。子どもたちに元気が有り余っているのだ。
キヨミズより北へ行ってはいけないと言っていたのに、目を離すうちに走って逃げた。アイもそれを追いかけることになった。
さすがに体力も走力も子どもより優れているアイなので、そのうちに追いついた。けれど、その子を捕まえたとき、子どもは向こうを指差して何やら喜んでいる。面白がって指差すその先には、緑色の牛ほどの大きなスライムがあった。
「あった」というべきか、「いた」というべきか。その程度でしかいまだ山の向こうから時折やってくるスライムに対する姿勢が定まってなかった。少なくとも共有されてる情報として、スライムは危険、ということだけがあった。スライムは暴力的で、倒そうにもなかなか倒れない。飲み込まれでもしたら窒息死してしまう。
子どもにとって何よりの危険である。
しかも今ここに、普通見るスイカ程度の大きさのスライムではなく、牛ほどの大きさのものがある。さらに悪いことに、それはあるだけではなく、こちらへ移動してきている。
「危ないから近づいちゃダメだよ」
「アイってば、怖がりすぎぃ。弱虫でやんの」
アボス少年は楽しそうに飛び跳ねる。「あんなスライム、ぶっ潰してやる」
「ダメ!」
アボス少年が飛び出したところをアイが掴んで引っ張った。
少年を尻もちをついた。涙目でアイを睨んで、アイの足を蹴る。しかし、それと同時に、スライムがブルルルルボフッと大きな気泡と音を出したので、アボスはびっくりして腰を抜かした。
「うわー。すっげえ」
「おーい、アボスー。何あれー。あはは」
なんとアイの悪運なこと。残り二人の少年も来てしまったのだ。アボスより3歳年下の双子ラット・ベット。
ラット・ベットは楽しそうに飛び跳ねた。
それに合わせ、スライムは子どもと同じように飛び跳ねる。またブルルルルボフッと気泡を腹から吐き出す。こころなし、さっきよりも素早く移動しているように見える。
スライムはナメクジのように移動するか、ジャンプして移動するかのどちらかである。
この牛ほどもある大きな青いスライムはさっきまでノロノロと草をすり潰しながら移動していたが、今はグイッグイッと体を前後して加速させながら進んでいることにアイは気づいた。
(このまま放っておいていいのかな?)と普通のスライムでないものを前に、アイの頭に「危機」という二文字がよぎる。
スライムは畑の方向に向かっている。万が一、畑を荒らしたら大事態だ。しかし、小さなスライム程度なら退治したことのあるアイでも、流石にこれは……。
申し訳ありません。
ちょっと晩ごはんの時間なので、離席します。
カメラは一旦、通りすがったアイのうさぎの一匹にたくします。
「……。」
これ持っててくれるかな?
「……。」
アイの方を向けて、後で彼に渡してくれたらいいからね。
「……。」
ちゃんと理解したようです。
では。
スライムに白い目がにゅっと現れた。
それからそれは目をぐるぐる回した。
農具の入っている納屋を見つけた。
突然、ぐいぐいとそちらへ移動した。
一体何をするのか、とアイは子どもの両肩を掴みながら見守っている、
そのスライムは重々しく宙に飛び上がると、そのまま納屋を押しつぶした。
すぐさまアイは飛び出した。
スライムの方へ走る。
スライムは、次の照準を一番手近な農家の家に定めたらしい。
アイはスライムの進行方向へ回り込む。
アイはスライムを掴むと、その一片を掴んで、ちぎり取った。
するとちぎり取られたその塊は煙になって消える。
「いけー、アイ」
と子どもの応援が聞こえる。
「近づいちゃダメだよ」
とアイがスライムから目を背けた。
スライムは体を捻って棒状の突起を作った。
それでアイを殴った。
殴られたアイは腕の折れる音がする。
畑へ吹き飛ばされる。
しかし彼は痛みも忘れたのか。
また立ち上がる。
民家へ近づいて行くスライムへまた立ち向かった。
カメラが落ちた。地面に焦点が合って、その向こうに雑草を食むウサギがぼんやり見える。ピントが手前の小石に合ってしまって、何も見えない。
突然、うさぎが逃げた。
画面外へ。
さっきまでうさぎがいた場所にカラスが写った。
カラスがこっちを見た。
光るカメラを気に入ったのか、恐る恐る近づいてくる。
カメラを咥えて飛んだのだろう、畑が下に見える。だんだん遠ざかる。
小さく映るアイは、スライムの攻撃を避けたり、衝撃を減らして受けたり、その間に相手の体をちぎり取って少しづつ小さくして相手の力を弱めようとしているようだ。アイのちぎって捨てたスライムの断片があたりで煙を発散している。けれど、アイの攻撃は焼け石に水に見える。
スライムの体は小さくなっているようには見えないし、力は一向に弱まらなっていないのだ。
突然空が映った。
カラスが遠ざかる。
くるくると世界が回転して、緑の地面が近づく。
近づく。
近づく。
運良く木の枝に、バウンドして、柔らかい地面に落ちたようである。
画面にはカマキリが映る。
何かしているようだ。
見えてきた。
カマキリは二匹いて……交尾がをしている様子……。
オスのカマキリが羽を広げて、濃いメイクのメスのカマキリの大きなの背中に乗っている。目を白黒させて、カマを振り上げ、踊っているようである。
二匹とも顔をぐるぐる回して、歌舞伎でも演じている様子だったが、ふとメスのカマキリの視線がカメラとばったり合ってしまった。
撮られていると気づいたのだろう。
メスのカマキリは、オスを後ろ足で蹴って吹き飛ばし、カメラの方へカマを振り上げて走ってきた。
そしてカマが振り下ろされたと同時に、カメラがまた浮かび上がった。視線が高くなる。足が映った。人の足だ……
そして手に持って歩いているのか、地面が映り、空が映り、激しく景色がぶれながらであるが、移動を始めた。
そして、あの三人の少年が見えた。
カメラは、アボスへと手渡された。
カメラは再びアイをとらえる。
アイはすっかり疲弊しているようだ。足取りも覚束なくなり、突き出す腕も小枝のように頼りなかった。スライムが体から触手のように突起を作って、アイを叩きのめす。
アイはふらつく。
そしていよいよ、体のおよそ半分をも使った、巨大な攻撃突起をこしらえ、アイを叩きのめすために振りかぶった。
「負けない」とアイは叫んだ。「誰かを守るためなら、僕はより強くなれるんだ」
「その通り」
と、そのとき、聴き慣れない声がした。
「その通りだよ、アイくん。よく頑張った」
カメラには、アイとスライムの方へ歩いていく一人の男の後ろ姿が映った。
背の高い男。
腰から剣を抜き出した。
そこで、突然、暗転。
カメラの充電が切れたのだ。
目を覚ましたときアイの耳に二つの優しい声が聞こえてきた。
一つは謝る女性の声。アボスの母親の声だ。もう一つはワールドザワールドの女神の声。
ベッドから起き上がろうとすると、全身に痛みが走り、思わず声に出してうめいてしまった。骨の折れた腕を見ると、包帯が巻いてある。そこに一匹の変な虫がついている。口からストローを伸ばす虫が包帯の下にまでストローを伸ばして、何かを吸っている。
アイがその虫を払おうとすると、タニシの女神の声がした。
「怪我の治りを早めるための虫だよ。そのまんまにしといてあげて」
アイはまた枕に頭を落とした。知らない天井だ。いや、知ってる天井だ。ワルわるの部屋の一つだった。こんなところまで運ばれたのか。
「あら、アイ、ダメよ動いちゃ。まだ寝てなさい」
ワールドザワールドの女神はアイが目を覚ましたのに気がついて注意する。
アイは目を瞑る。もっと強くならなくてはならないのだ。そう心の中でつぶやいた。
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