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「檸檬の上」

町にはお肉屋さんだとか、演劇ステージなどもありますが、大通りの交差点の角には、「カクゼン」という書店もあります。
カクマゼンイチという人の立ち上げた書店で、そのカクマゼンイチが店主で、シカックスというバイトの少年が働いている店となります。

あまり広くはないけれど、二階があるということで珍しがられているお店。
一階はピロティーと言って良いでしょうか? (一応夜になるとシャッターで閉じることはできるのですが、開店中は開けっぱなしです。この場合の名称を知っている方はぜひコメント欄にお願いします)
風通の通る店内にぎっしり本が並んでいます。店の外にも台が一台出され、その上には本日おすすめの本が40〜50冊ほど積まれます。

カクマゼンイチは朝早くに出かけました。
今日は、シカックスが一人です。一階の奥に二階へと続く階段がありますが、その下に、小さい椅子に座り、レジカウンターに足を乗せています。壁に背を預け、本を読みながらぼーっとしています。

本日は、快晴。
町中みんなの気分も、浮き上がるような高気圧。
スーッと体の芯が空気に溶けるような日です。

しかしそんな日だのにも関わらず、えたいの知れない不吉な塊がある青年の心を始終おさえつけていました。焦燥といおうか、嫌悪といおうか。ともかくみんなが幸せであればあるほど、不幸を感じる種の人間はいるものです。不幸ではないかも知れません。気に入らないだけでしょうか。

彼はラスコーリニコフのような視線を周囲の幸せな頭の人々にむけて、歩いていましたが、別の国から見ると彼すら幸せな頭だったのでしょう。
つまり彼は途中立ち寄った果物屋でひとつの檸檬を買いました。

檸檬を手の中で確かめながらぶらぶらと歩く中で、彼は檸檬というのがいかに官能的であるかを思い知りました。

物語には関係のない差し込みですが、ここで彼の名がアメノモリであることを明かしましょう。

青年(アメノモリ)はやがて「カクゼン」の前を通りました。

そこに並ぶ本の背表紙の色々を眺めていると、自分のうんざりしている気分が全てその中に文章として載っているような気がしました。
彼はその台の角に平積みになった本の上に檸檬を置いて帰りました。

さて、青年はどこかへ去りました。
次に「カクゼン」の前を通ったのは、孤独王です。
孤独王は本の上に檸檬が載っているのを見つけました。そして彼は自分の手元を見ました。
いま彼は筆入れを持っています。というのはクァシンの家から帰る時にくすめとって来たからです。
彼はそれを、檸檬の上にそっと乗せました。

それからの話は単純です。
道ゆく人々が、それを見つけて、その上に手に持っていたものを次々と乗せていったのです。

豆腐、金属バット、陶磁器、白い糸、牛、日記帳、金色の蟹、松の木。

アイは表彰式終わりに貰ってきたくす玉を置きました。

弟のジャック、塩、牛、まんじゅう、歯車、桜の葉、傘、バンドウイルカ——と言った風。

やがてその塔は、二階の窓の高さに至り、誰かが「前歯」を乗せる時には、他の誰かがしつらえた梯子に登ってやらなくてはならないまでになりました。

そこで、店主のカクマゼンイチは営業から帰ってきました。

「さあて、あのサボり癖のあるバイトの小僧は、しっかり働いてるかな?」などと独り言をしながら帰ってみると、——店の前にとんでもないものが出来上がっているじゃありませんか。

店主は腰を抜かして、店の中に駆け込みました。
そして店の奥で気持ちよさそうに寝ているシカックスの姿を見ると、そこから吹っ飛ぶくらいの勢いで、彼の頭を殴りつけたのでした。

「本の上は檸檬じゃなくて『霊柩車に乗ることになるドアホ』……お前のことじゃ!」

シカックスは理解できず、首を捻りながら店を出ました。

にゃー