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あなたの人生の旅に雲呑麺はあるか。(『未必のマクベス』早瀬耕)

外食をする時、あなたは「いつもと違うメニュー」を頼める人だろうか。

いつも通っているランチのお店でも、メニュー表の中に頼んだことのない料理って結構あるもの。

僕はあまり冒険できないタイプだ。行きつけのお店なら、そこを選んだ時点で、口の中に入れたい味は大体決まっているから。

その点でいうと、僕のTABInLIFE的な旅人マインドはまだまだというところだ。
(そう、言い忘れていたが、前のnoteで書いた「旅を構成する3つの要素」のくだりを「TABInLIFE理論」と呼ぶことにした。これも、恥ずかしくなくなるまで言い張っていく所存。)

もうひとつ。中華屋さんを思い浮かべてほしい。あなたは、「雲呑麺」を頼んだことがあるだろうか。

すごーく勝手な僕の印象だが、雲呑ってなんだかフワフワしていて具が少なくて、食べた気がしないというか。

普通のラーメンを頼めば乗ってるチャーシューがないと若干損してる気がして、それなら餃子とかシューマイ頼むよなぁ。という、僕の中では「わざわざ頼むまでもない料理」という位置付けだった。


前置きが長くなった。したいのはグルメの話ではなくて、「本と旅」の話だ。


旅って何だろう?と考える。
"自分の居場所から離れて、滞在あるいは移動中であること”と、杓子定規に考えてみる。そう仮定すれば、旅を続けることは難しい。どんな場所だって、たとえそれが、飛行機の窮屈な座席だとしても、そこで長い時間を過ごしてしまえば、やがて、自分の居場所になってしまうだろう。自分を取り囲む環境に対して”ここは自分のいるべき場所ではない”と意地を張り続けることは、並大抵の意志の力ではできないと思う。
だから、多くの場合、旅はどこかで終わりを迎える。

本当はもう少し引用したいところなのだけど、この冒頭数段落だけで、物語の世界観にぐぅっと引き込まれる。
「あなたは王として旅を続けなくてはならない」―そう予言を告げられた男が、運命の歯車に巻き込まれていく「犯罪小説」であり「恋愛小説」。

何だかファンタジーにも聞こえるが、産業スパイ、現代企業の闇、裏社会などがテーマのハードボイルド・ミステリー。
そこにシェイクスピアの悲劇『マクベス』の世界観がリンクし、物語は展開していく。(もちろん、マクベスのことを知らなくても十分楽しめる。)

そして、こんなことがこの社会で本当に行われているとしたら・・というリアリティに一役買っているのが、物語の舞台である香港、澳門、バンコクといったアジアの街の風景描写だ。

そういう中で、雲吞麺は主人公の友人の好物としてしばしば登場する。
ある時は澳門のホテルで、ある時は市街の飲茶で。東京の雲吞には親指の先くらいしか具が入っていない、とこき下ろされてたりする。

僕は、まだ東南アジアにいったことがない。いかにも人工物って感じのネオンに彩られた夜景とか、それでいてローカルで生身な喧噪の熱気とか、どこか妖しげでミステリアスなその地域の空気を、僕は想像しかできない。

この小説を包んでいるそんなアジアの空気を、その断片を思い出してみたくて、それまで見向きもしなかった雲吞麺を頼んでしまう瞬間が、あれから時々ある。


本は、自分が行ったことのない世界へと連れて行ってくれるチケットだ。

その世界が、ほんの少しリアルの中に溶け出して来たら、本を閉じても日常の中で「旅」は続いている。


雲吞麺がある人生の旅、なかったままの人生の旅。向かう先がどう変わっていくのか、そんな些細なことではわからないけれど。


でもたぶん、僕はいつか東南アジアのどこかの街で、具がたっぷり詰まった雲吞麺を食べるだろう。



今回は『未必のマクベス』自体の感想というわけではないのだけれど、本当に面白かったので是非読んでみてほしい。日頃ミステリーを読まない人でも、甘酸っぱくも大人な、切ない愛の物語として楽しめます。

「旅」に関する仕事をしている僕にこの本を薦めてくれた、センス抜群の後輩に感謝。

それと。読んだ人にはわかるけど、本当は「あなたの人生にキューバリブレはあるか」としたかったんだ。その方がカッコいいから。

残念ながらからっきし下戸の僕は、主人公のようにダイエット・コークとラムのロック、なんて真似が出来るわけもなく。

雲吞麺という、なんだかフワフワした歯ごたえのないタイトルに落ち着いてしまったのである。


◇◇◇


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