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若さと美が溶解する日は近い

前回、Instagram/Tiktokで暴れている若い女や、モデルを愛人にして美食やお立場自慢に明け暮れる老人に対する、冷ややかな目線を述べました。

人類そのものが陳腐な存在ではありますが、とくに若い女と偉そうな中年に対する嫌悪感を強く感じるのは、私だけではないでしょう。

現代の庶民の根底には、こうした連中を揶揄する風潮が存在するものと信じています。封建社会の徳川家や、明治国家の薩長土肥、昭和の軍部は、いずれも権力を失う過程で、庶民の反感と揶揄の対象になりました。

遠からず、若さと美と地位とマネーは、どれも希少性を失い、万人が自由に享受できる自由財となるとみています。

若さと美は、この先、数十年~百数十年の間に、無効化する可能性が高いと思います。老化は、デビッド・シンクレア氏が指摘するように、もはや治療すべき疾患の一環と見る考え方が広がっており、NMN、幹細胞治療等のように、今までの常識を覆す抗老化や再生医療が広がっています。

さらに、若さの価値の究極的な裏付けになっている生殖可能性も、人類の晩婚化への進化的適応と生殖医療の発展で未来には解体されるでしょう。

また、老いないだけではなく、その姿形も自由に変えることができるようになる可能性が高いです。現代においても数千万円単位の予算を投じ、健康リスクを度外視すれば、ある程度美しい外見になることは可能です。

もちろん、現代の美容整形技術水準では、いわゆる整形顔になってしまうことは否めませんし、自分の元の顔を離れた全くの他人顔になるのは不可能ですが、美容整形技術も日進月歩です。

未来には、データをもとに、AIが最善の施術を判定し、場合によっては遺伝子組み換えたり、自動で執刀する社会が到来する可能性は高いでしょう。

若さと美は、女性間のヒエラルキーであり、また、男の性欲を介在して20世紀的消費社会の主要な原動力になってきました。これが無効になり、若者・老人や美醜の区別がなくなることは、巨大な地殻変動となります。

こうした未来が、遠くに、しかし、現実的なものとして見える現代において、「Instagram/Tiktokで暴れている若い女」のSNSは、白亜紀末の恐竜をとらえた貴重な記録として、将来人類のために保存する価値があります。

これだけ読むと、ミソジニー的になりますが、現代社会では総合的に見れば、むしろ女性のほうが不利な立場に立たされていると考えています。

個人的には、老若男女、美醜、地位やマネーのような、単なる属性情報が、何らかの社会的勾配を発生させて、その当事者が権力を振るっていることに対し、陳腐さへの嫌悪と洗脳への反感を感じます。若い女と偉そうな中年は、それが象徴としてわかりやすい形で表れているに過ぎません。

テクノロジーは、こうした属性情報による社会勾配を殲滅していきます。

とはいえ、本当にその時が来たら、未来のホモサピエンスは、いったい何を材料として、マウントを取り合うのでしょう。

中世の人間が血筋で身分を序列したり、狩猟採集民族が狩りの腕でマウントを取り合っていたように、未来人類も、実家の標高が高いだの、500kgのマグロを釣っただの、別の時代の人間にはまるで理解できない、クソくだらないことを、真剣に自慢しあっていることでしょう。

この生き物のバカさ加減には、心底うんざりします。

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