先生は辛いよ ”病める先生たち”
こんにちは、のりそらです。
『教育に選択肢を、人生に革命を』をモットーに、
経営理念を『明日も行きたくなる学校』すなわちNEXTAGE SCOOLの創造とした次世代の学校を作りたいと考えて活動しています。
ここでは、教育に関わるテーマを1つ挙げて、それについての考えを共有しつつ問題提起を行っています。
病める先生
さて、今日は、病める先生、というテーマでお話しさせていただきます。
さて、年間約5000人、この数字を何だと思いますか?
これは、1年間に精神疾患で休職になってしまう先生の数です。
このおよそ5000人という数字が約10年続いているというのですから、看過できません。
心を病んでしまう原因は様々でしょうが、例えば、原因として多いのは、
原因①業務の多忙
業務の多忙が挙げられます。
本当に教員の業務内容は多岐にわたります。
そして、恐ろしいのが、さらに仕事が増えていっているということです。
その分別の仕事が減ればいいのですが、それが減らない。単純に増えていくだけ。
それは体を、そして心を消耗します。
また、さらに追い討ちをかけるように、できる先生に仕事が集まる、といった現実もあります。
できる先生=やる気のある先生というパターンが多いので、文句を言わずに、または言いながらも、自分の時間を削って残業に明け暮れます。
手を抜ける先生だったら続くものの、大概こういう先生は、請け負っている仕事の全部に全力です。
それは力尽きます。
原因②チームワークの欠如
続いて、別の原因として、教員同士のチームワークの欠如が挙げられます。
先ほど話したように、先生はそれぞれ忙しいので、周りを気にする余裕すらありません。
ましてや、手を貸すとなるとさらにハードルが上がります。
若手の先生はかわいそうです。忙しくしている先輩教員に気軽には相談できません。
学級経営がうまくいっていなくても、また児童生徒との関係に悩んでいても、自分でなんとかしなければならないと考えて、さらにうまくいかなくなるという悪循環に陥ることもあるでしょう。
特に忙しい状況にある先生、毎日帰りが遅くなっていることを知りながら、周りの先生は『お先に失礼します』と帰っていく同僚。
こうして早く帰る先生の仕事を忙しい先生がかなりかぶっているケースも多々あります。
教員は、チームワークが大切なことは言うまでもありません。
しかし、年々、スタンドプレーによる部分が多くなってきているのが現実なのです。
原因③休めない
原因の3つ目には、休めないというのがあります。
体調が悪くても、余程でないと多くの先生は休みません。
なぜなら、休んだ分だけ、あとで仕事が返ってきて余計にしんどくなる事がわかっているからです。
休んでしまった場合は、自習にして別の先生がそれを見守ってくれて、急場はなんとか凌げます。
しかし、代わりに入ってもらわなければならない先生の負担を考えると、容易くは休めません。
そして、自習で授業ができなかった分は、後日自分でその穴埋めをするしかないのです。
こんな状態ですから、簡単には休めません。
さらに、違う意味でも休めないがあり、それは、休日も休めない、です。
中学校の先生は、ご存知の通り、部活。加えてウィークデーには終えられなかった仕事をこなす。
小学校の先生でも、休日出勤をしている先生もいます。
こうして休めない状況が続くと、本当に頭から仕事が片時も離れなくなるというのがあります。
教員という仕事は、児童生徒の動向によって常に心配事を抱えています。
熱心な先生であればあるほど、その責任感から四六時中児童生徒のことを考えているでしょう。
一難さってはまた一難、本当に様々な事が起こります。休んでいても、実は心から休めていない先生も少なくはないのでしょうか?加えて、
原因④理不尽な保護者への対応
必要性があるもの、教員側に非があるものもありますが、理不尽な保護者への対応が存在するのも事実です。
保護者にとっては教員は1人でも、教員は、子どもも保護者も何十人を相手にしています。
結論が出ない対応に奪われる時間と労力を他に使いたいというのが本音でしょう。
そして、クレームのようなものは、心に本当に重くのしかかります。何日も何日も引きづりながら仕事をしているのも実際です。
原因⑤児童生徒との関係
まだまだありますが、最後に、児童生徒との関係。これは一番健全な悩みです。
悩む必要があること、教員としてはここにこそ悩むべきところです。
多くの生徒を束ねていかなければいけない教員という仕事柄、児童生徒に気持ちがすぐには伝わらず、行き違いがあることなどもあるでしょう。
でも、それは人間を育てているのだから必要なこと。
児童生徒も学びですが、教員も子どもたちから学びながら前へ進んでいきます。
現代の子どもたちは、総じて素直な子が多い印象です。
愛情を注げば注いだ分だけ成長してくれる子も少なくないでしょう。
ただ、全力でぶつかる気力が残っていてこその生徒指導です。
多忙なあまり、子どもたちと真正面から向き合う余裕がないと嘆く先生も多いのではないでしょうか?
まとめ
私の個人的な意見です。病める先生は、素晴らしい。
だって、それだけ真剣に教職という職業と向き合ってきた証拠でしょう。
教員としての使命を自覚し、本当に一生懸命に職務に当たってきた証拠でしょう。
真面目な先生だから、一生懸命子どもたちのことを我が子と以上に考えたことでしょう。
病んでしまったのは、あなたが弱かったのではなく、環境がそうさせたのです。
自信をなくしていませんか?自信をなくす必要なんて、全くありませんよ。むしろいい加減ではない自分を誇らしく思ってください。
十分に休養をされて、いつかまた現場に戻れた時、今とは違う素晴らしい現場になっていることを願って止みません。
そうしたら、確実にまたたくさん貢献できる人たちですから。
しかし、もし、環境が全然変わっていなかったり、むしろ悪化しているようだったら‥これからの私のように、自分でそんな環境を作っちゃってください。
私は、チャレンジしてみます。
うまくいくかどうかはわかりませんが、いつか事業が軌道に乗ったら、一緒に働きましょう。
私は、先生のように仕事に一生懸命な、子どもたちのことを本気で考える方々と仕事がしたいです。
それには、自分が頑張るしかないので、とにかくやってみます。
実は私も病める先生です。
立場を変えて、動き出そうとしています。皆さんの可能性とともに、自らの可能性も信じています。
さて、今回は、病める先生というお話しさせていただきました。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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