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【旅行記】オールドタウンバー #ニューヨーク

 これまで一人旅で訪れた国での出来事をあれこれ綴るエッセイ。ちなみに英語はまともに話せません。ニューヨーク編②です。


 バーで誰かとコミュニケーションを取る。旅行前に決めていた目標である。滞在先のユニオンスクエアにはオールドタウンバーという店名からも想像できる老舗のバーがあり、一八九二年のオープンで百年以上の歴史があるらしい。バーならばとりあえずバーテンダーとコミュニケーションを取るのは容易だろうと考えていたのだ。当たり障りのない会話のイメージが頭の中では既にできていた。

このビール美味しいです!(不味くてもそう伝える)
このバーのオープンはいつですか?(すでに知っている)
ほお!そんなに古いんですか?(すでに知っている)

 一通りニューヨークの街を歩き回った後、十八時過ぎにユニオンスクエアに戻り、オールドタウンバーへ立ち寄った。冬の暗い通りに店のネオン看板が浮き上がってる。
 扉を開けると早い時間にも関わらず予想外の盛況っぷり。縦長の店内の奥へ伸びるカウンター席と、その向かいに並ぶテーブル席は全て埋まっていた。そしてカウンター席とテーブル席の間のスペースには座りきれない客が立って飲んでいた。人の多さに後退りし、店を出ようかと考えたが、せっかく来たのだからせめて一杯は飲んでいかなければと思い直す。どこで注文していいのかすら分からないので、ひとまず周りを見回して客の動きを観察をした。席に着けずに立ち飲みをしている人たちは、カウンターの中にいるバーテンダーのおじさんに注文をしているようだった。
 よし!気合いを入れて近寄ってみた。こんばんは。
「ほうほう、君はビールが飲みたいのか!」
 忙しいであろうにも関わらず案外のんびりとした、感じのいいバーテンダーのおじさん。ビールが飲みたいことを伝えると、種類を聞かれる。種類?えーっと、種類…。突然そう言われても全く分からないので、メニューを求めた。そしていくつかあるビールの中からおそらく店のオリジナルだと思われる、〈オールドタウン〉と名の付くビールを注文。お金と引き換えにビールを受け取った。ちゃんと出てきたビールを目の前に一人感激。はい、記念撮影!と、意味もなくビールを撮る。初めてのおつかいを終えた後のような達成感である。
 唯一空いた店内の端っこ、壁際の立ち飲みカウンターを確保してビールを飲んだ。店のオリジナルと思われたビールは、黒ビールでなかなかの苦味。
 アメリカのビールはバドワイザーのように薄いと聞いたことがあったが、実際は物によって異なるようだ。後日別の店で飲んだニューヨークのクラフトビール、ブルックリンラガー。程好い苦味となめらかな味わいにすっかり魅了されれ、大概の店には置かれていたので、滞在中はビールならばひたすらブルックリンラガーを注文していた。

 オールドタウンバーに入った時は、ただただ人の多さに驚いていたが、改めて店内を見回してみると、照明、壁、床、椅子、薄暗い店内はクラシカルな雰囲気で、ちょっぴり時代を遡ったような気分である。喧騒の中にいても少しだけ落ち着くような気がした。
 バーテンダーとなら余裕で話せると考えていたにもかかわらず、店内の混雑ぶりを考えるとなかなか厳しそうである。ぼんやりと賑やかな店内を眺めつつも、目標を達成しなければ!と、意気込む。しかし誰にどうやって声を掛ければ良いのだろうか。すると近くで雑談していた常連らしきおじさんがたまたま声を掛けてきた。ちょっと酔っ払っているように見受けられる。
「君は日本人?ニューヨークは初めて?」
「英語は話せるの?」
 旅行前に見ていた英語のテキストに書かれていた通り〈Just a litte〉と模範解答のような返答をした。相手に歩み寄ってもらえる便利な表現だそうである。自分から話し掛けるつもりでいたけれど、まあこれはこれで目標達成か。

 ニューヨークのバーのシステムを事前に調べていたら、チップは飲み物を一杯頼む度にカウンターに一ドル置いていき、客が帰った後にバーテンダーが回収すると書かれていた。その通りにしておくとそのおじさんから、
「それは君のお金?チップはその場で渡すんだよ」
 と言われ、バーのシステムを学んだ。目の前にバーテンダーがいるカウンターで飲んでいるならまだしも、今いる店内の端っこではバーテンダーは当然チップに気付かず、客の誰かがひょいと持っていってしまうだろう。普通に考えれば確かにその場で渡すべきであった。

 ビールを飲み終えて、再びバーテンダーのおじさんのところへ行く。空のグラスと渡しそびれたチップを差し出す。
「もう一杯同じのを飲む?」
 いえいえ、チップです。あまりお腹も空いてないく、ビールが入る余裕はなさそうだった。そのためここで引き揚げた。外に出て店のネオン看板を再び見上げる。そしてひっそりとした通りにちょっぴり寂しい気分になるのであった。

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