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【旅行記】ヴィレッジ・ヴァンガード #ニューヨーク

 これまで一人旅で訪れた国での出来事をあれこれ綴るエッセイ。ちなみに英語はまともに話せません。ニューヨーク編③です。


 ニューヨークと言えばジャズ。そう思い、日本でジャズクラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードのチケットを予約していた。
 高校生の頃、ジャズ好きの父のCDを漁ってはひっそりと聴いていたが、今まで生で聴いたことはなかった。まさかニューヨークで実現することになるとは。

 開場は十九時半。早めにヴィレッジ・ヴァンガードへ向かうと、まだ人は疎らであった。ひとまず隣の店でピザを一切れ頬張りながら外の様子を伺っていた。
 人通りが少ない静かな通りを眺め、次第に人が集まり列ができ始める。そして僕も列に並び、ニューヨークの寒空の下、会場を待ちわびた。列が動き出すと、事前に予約をしている人たちから優先的に店内へ案内されていった。そして少し緊張しながら僕も赤い扉の入り口から階段を降りて、店内に入った。
 日本でジャズを聴きに行こうとすると何となく小洒落たイメージがあり、敷居が高いように感じていた。しかしここはそんな雰囲気ゼロ。店内に煌びやかさは全くない。むしろ古めかしい印象で、そこが妙に落ち着く。ヴィレッジのジャズクラブはカジュアルな服装で平気だと事前に調べていた通りで、気軽に立ち寄ることができるような雰囲気であった。もしも自宅の近くにあったなら日々通いつめてしまうだろう。
 案内された席は柱が少しだけ目の前を遮っていたけれど、割とステージには近かった。日本からの客もちらほら見られる。深緑色の壁には巨匠たちのモノクロの写真が飾られていた(巨匠と言いつつも誰が誰だか全く分かっていない)。
 開演までは三十分以上時間があったけれども、ビールを飲みながら待つ薄暗いジャズクラブの雰囲気には飽きることがなかった。
「初めて観るの?素敵なバンドだから楽しんで!」
 相席となった男性が話し掛けてきた。こういった瞬間はやはり嬉しい。誰とでも打ち解けそうな丸っこくにこやかな男性。地元の方らしい。
 彼の言う素敵なバンドとはThe Bad Plusというピアノトリオ。一応名前を聞いたことがある程度で、あまり予備知識はなかった。それでも演奏が始まると引き込まれていく。激しさが増していくドラムに、たまにピアノの旋律に感じるの切なさ。そこに加わる心地良いベースの響き。どこかポップさがあり聴きやすく感じられるジャズであった。
 最後にベーシストが喋っている途中で、ピアニストが演奏を始めた。暫くするとベーシストはそれに合わせて歌い出していた。
「今日は最高の夜でした。ありがとう」
「CDが売っているから、今すぐバーカウンターへ向かってください」
 一部そんな歌詞であったが、即興の割になかなかの名曲だった。音源化される日が待ち遠しい(もう歌った本人も覚えてないだろうよ)。
 演奏にのめり込んでいった小一時間はあっという間であった。客席を見渡してもみんなが幸せそう。もちろん演者側も。例えどんな小難しい音楽であったとしてもこの場なら必ず魅了されてしまう、そんな不思議な力が潜んだ空間ではないかと思う。とにかく空気感が堪らない。生で音楽を聴く魅力を再発見した夜であった。

 細かいことは気にせず、誰もが気軽に音楽を楽しめる。積み重ねて来た歴史があるにも関わらず敷居の高さは感じられず、三十ドルとドリンクの料金のみで楽しめるという手軽さ。ヴィレッジ・ヴァンガードに客足が絶えないのも頷ける。ちなみに純粋に演奏を楽しんでほしいとの趣旨から、食事はなく飲み物のみの提供になっているらしい。

 とても楽しい時間を過ごせました。それではまた。
 終演後、席を立つ際に相席の男性に一言伝え、ヴィレッジ・ヴァンガードを後にした。
 ちなみに相席の男性はドリンクを頼んでいなかった。ドリンク一杯の注文は必須のはずだが、店員の女性をひたすら説得してどうにか注文しなかったという印象。店員の女性も少々お困りだった様子。しかし、終演後にはお互い楽しげに話しているようだったので、丸く収まったということで。めでたしめでたし。やはり〈誰とでも打ち解ける〉丸っこくにこやかな男性であった。

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