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子どもの虐待と学校、行政

また悲しい報せが世間を震撼させた。

大阪の3歳の男児が、母親の恋人に熱湯をかけられて幼い命が絶たれたニュースだ。
この事件では、被害にあった子ども自身も、そして母親の知人もSOSを発信していた。
児童相談所は、この家庭を注視しながら頻繁に母親と面談をしていたにも関わらず、母親とこの恋人が同居していた実態を掴むことができていなかった。
また、母親の知人たちからのSOSを受けて被害にあった子の体を調べたが、「目立った傷がない」と言うことで緊急性は低いと判断した。
そしてこの子は亡くなってしまった。
児童相談所の対応が問題視され、大阪府の吉村知事も調査に乗り出すというコメントを出した。

だがこれも結局、ぼくが専門にしているところの「事件や事故、災害の教訓を今の子供たちの命につなぐ」ことができていなかったからだ。

これまで何度ぼくたちは、虐待で幼い子供の命が失われ、「そこまでとは思わなかった」「事態を把握していなかった」という児童相談所のコメントを聞いてきただろう。

しかし、児童相談所に非難が集まっているようだが、決して児童相談所の人が悪いのではない。
まるで、その子を救えたかもしれないのに児童相談所の対応が遅いから、子供の命が失われた、と言われてしまうのは心外だろう。
ここにはらんでいる問題は、児童相談所のシステムにあるのではないだろうか。

ぼくは、小学校の教員をしていた頃にこんな経験をしている。

その当時、小学校4年生の担任をしていた。
担任するクラスには、1年生の時点で有名になった、わりとモンスターな母親がいて、その家庭の子を担任することは困難な面も多く、同僚はみな苦労をしていた。
だがぼくは、1年から3年まで担任してきた同僚教師の轍を糧にしていたからだろう、なんとかこの親子(A親子としておこう)とはうまくいっていた。

あるときはA親子の母親から、早朝に電話がかかってきたりした。

「先生!私はもう、仕事に行かないといけないのに、この子が学校に行きたくないって!先生、迎えにきてください!」

こんなとき、母親はいつもパニック状態だった。
よく考えてみるとめちゃくちゃな要求だったが、ぼくはいつも迎えにいった。
完全に「ケア」の世界だったが、この母親はシングルで子育てをし、フルタイムの職業に携わり、常にかなりのストレスを抱えてしまっているように見えた。
そんな母親に、子供がわがままを言って甘えている。
ぼくにはそんなふうに、このA親子が見えていた。
だから、できる限りのケアをしていこうと思っていた。

迎えにいくとたいていの場合、親子で大喧嘩をしている状況に出くわす。
ぼくを見た母親は、安心して子供をぼくに託して仕事に行く。
そしてAくんとぼく、2人でとぼとぼと学校に向かって歩いて行く。
その頃には、A君はすでに「ひと仕事終えた」ような落ち着き方をしていて、家でのいろんなことを話してくれた。

「昨日ね、ママに虫除けスプレーのカンを投げつけられて、ぼくの頭に命中した(笑)」

そして必ず付け加える。

「ぼくが悪かったから、仕方ないんだ。怪我もないし」

このときから、「虐待」と呼べるような状況が進行していたのだろう。
でもぼくは、気づくことができなかったし、この親子に虐待を疑うことはできなかった。
ストレスを抱えた親子の、過剰なまでの愛着だと思っていた。

そんなある日、一本の電話が学校にかかってきた。

A親子と同じマンションに暮らす住民からの「通報」だった。

”Aさんのお子さんが、昨晩、裸でベランダで正座させられていた。”

もはや「虐待」を疑わずにはいられない状況だった。
学校から児童相談所に通報し、対応について協議した。
数日後、児童相談所から2名の職員が学校にやってきた。
学校からは、校長とぼくが対応した。

児童相談所の職員が言うには、何度かAさん宅を訪問し、ポストに手紙を入れている。
一度お話ししましょうと。

ぼくは、その程度のことしかしていないのかと驚いた。
そして言った。
「ご自宅を訪問し、面談してほしい」

すると、児童相談所の職員はこう言った。
そしてこれが、ぼくが言いたい児童相談所のシステムの問題だ。

「私たちは、首より上の、頭部への外傷が確認できなければ動けません」

「お役所仕事」の対応にぼくは腹が立ってしまい、

「そんなんだから、手遅れになって被害を止められないんじゃないですか」

と言った。
児童相談所の職員は、困ったような顔をして聞いていた。
それはそうだろう。
この人たちはマニュアルを遵守して対応している。
虐待はとてもセンシティブな問題であるという側面もあるので、動き方はとても難しいだろう。
しかし、今のままでは同じような悲劇が続くことは自明だ。
児童相談所の役割、対応の仕方について、早急に見直していくことが必要だ。

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