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データの罠 (田村 秀)

 この本の内容は、統計学に基づくサンプル調査の基礎を理解している人から見ると、あまりにも当たり前の指摘です。

 が、昨今のマスコミや行政等で実施され公表されている「世論調査」と銘打っているものの中に、「如何に、意識的もしくは無知によるノイズが混じっているか」という実情を、多くの具体例を示して明らかにしている点は評価できます。

 昨今のプライバシー意識の高まりや個人情報保護の動きは所与の前提とすべきでしょう。母集団の特性を正しく反映した「無作為抽出」は今や困難です。
 むしろ、バイアスのかかった調査母体の特性をキチンと理解したうえで、調査結果を補正・解釈するノウハウがますます重要になってきていると思います。

 本書を読んで再認識した点は、調査において「回収率」も重視すべきとの指摘です。
 仮に、調査対象のサンプルを適正に抽出したとしても、その回収率が低いとその調査の信憑性は著しく低下します。回収率が低くても、サンプル(母集団)から万遍なくその回答が帰ってきていればまだよいのですが、調査方法や調査内容によっては、回答を返してくれる人の特性自体に偏りが生じる場合があります。

 たとえば、当該調査内容がその人にとって関心の高いものならば、積極的に回答を返すでしょうし、逆に、ある人にとってあまり答えたくないような内容であれば、その層の回答は少なくなります。
 回答を返してくる層に偏りが出ると、今度は「逆の偏り」が「回答せず」の層に生じることになります。すなわち、回答層から得られた結果と回答せず層の状況との間の乖離がさらに増幅されるのです。

 調査においては、こういった「ノイズを含んだサンプル」「低い回収率」という「二重のバイアス」が生じうることを十分に認識しておかなくてはなりません。
 これらの注意点は、昨今よく見られる「国際比較調査」や「インターネット調査」等の結果を解釈する場合には、特に重要になってきます。

 その点で、私たちひとりひとりの「データリテラシー」を高めるべきとの著者の主張は、まさに当を得たものだと思います。

 あと、(そうは言うものの、)本書を読んで思わず微笑んだくだりです。

(p188より引用) 民営化の流れが日本全体を覆い尽くしている。単純な民営化礼賛論者から是々非々論者、民営化絶対反対論者までさまざまだが、先の総選挙の結果が示すように、少なくとも郵政事業に関しては、民営化に国民のゴーサインが示されたことは明らかである。

 ここで郵政民営化の是非について論ずる気はありませんし、また、大上段に議会制民主主義の仕組みをとやかくいうものではありません。
 しかしながら、現在の衆議院選挙制度である「小選挙区比例代表並立制」による「死に票」の問題、また、当該選挙における投票率(本書では、「回収率」に相当)の水準、さらには、どの程度の有権者が「郵政民営化」の是非を基準に投票したかの実態・・・等々、多くのバイアスやノイズが混じった(と私は思っている)選挙結果を持って、「民営化に国民のゴーサインが示されたことは明らかである」とあっさり断言されてしまうと、(あげ足取りではないのですが、)この本で論じた著者の一連の主張は一体何だったのかとついつい思ってしまいます。


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