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日本文明の謎を解く ― 21世紀を考えるヒント (竹村 公太郎)

(注:本稿は、2013年に初投稿したものの再録です)

 フェイスブック上で知人が話題にしていたので読んでみました。

 竹村公太郎氏の著作は初めてです。竹村氏は建設官僚OBですが、本書で紹介している主張は「公共投資礼賛」といった役人然としたものではなく、多彩な観点から「公共事業」についての新たな視点を拓いてくれるなかなか興味深い内容でした。

 たとえば、、塩野七生氏の「ローマ人の物語X-すべての道はローマに通ず-」の内容を導入部に配した「ハードインフラとしての“道路整備”」と「日本人論(民族論)」との関わりを論じたところでは、こういったユニークな説を展開しています。

(p107より引用) 「日本人の動物に対する文化が『車の空白の1000年』を生じさせてしまった。現代のわれわれが悩まされている道路整備の遅れの原因は、日本人の文化性にあった」これが牛の去勢からくる道路整備遅延の仮説である。

 道路整備は、「車」の進化・普及に伴う要請に基づくものです。世界史的に見ても、古代の車は「牛」や「馬」が動力源でした。

(p102より引用) 日本人は牛や馬を道具として扱わなかった。・・・家族の一員として扱ってしまった。家族になれば当然、去勢を施すなどということはできない。

 このため、人が「牛」や「馬」を御する「車」は日本においては発達しなかったのです。日本の「道路整備」は大きく遅れた根底に、こういった「日本人の家畜観」があったというのは面白い指摘ですね。

(p107より引用) 文明を支えるハードインフラ技術は、世界共通の普遍性を持つように考えられている。しかし、予想以上にハードインフラは、その民族や国民の歴史や文化に影響されており、その個性を各国が主張し合っている。

 「上部構造としての文化」と「下部構造としてのインフラ」とは相互に影響しあいながら、スパイラル的に進化していくといった文明史観です。

 さて、そのほかにも本書面白い話題が盛りだくさんなのですが、ひとつの着目からその背景・原因を遡り辿るという著者の考察の中で、特に印象に残ったのは、「日本の安全な水の原点」をテーマにした「日本の水道」についてのくだりでした。

(p128より引用) 塩野女史に刺激を受けて、水道の水について述べてきた。
 日本の安全な水の原点は、シベリア出兵と後藤新平にたどり着いた。・・・
 「細菌学者」後藤新平は「シベリアで液体塩素」と出会った。彼は「東京市長」となり、東京水道の現状を目撃した。「政官界で力」を持っていた彼は、陸軍を抑えて軍事機密の液体塩素を民生へ転用することを図った。

 先の東日本大震災以来、“都市計画家”としての「後藤新平」は、私も特に気になっている人物の一人ですが、彼の“細菌学者”としての側面がこういった背景を経て「衛生的な水道水整備」に生きていたというのはとても興味深い驚きです。

 そして、もうひとつは海外の話題。「ピラミッドは堤防だった」との説です。
 「エジプトはナイルの賜物」との言葉どおり、ナイル川を計画的にカイロの下流部に導くことはエジプトにとっては死活問題でした。しかし、ナイル川の氾濫は西岸の砂漠地帯に拡散するようになりました。それを防ぐための奇抜な着想です。

(p147より引用) 答えは明白である。ナイル西岸に堤防を造ればよい。・・・
 古代エジプト人たちの頭脳はけた外れに優れていた。エジプト人は「自然の力」を利用する工法を知っていた。それは、ナイルの洪水が運んでくる土砂を利用する「からみ工法」である。

 そこで登場する建造物が「ピラミッド」です。
 事実、ピラミッドは適当な間隔をおいてナイル西岸に屹立しています。

(p148より引用) ピラミッドという「からみ」の周辺で洪水が澱み、そこで土砂は沈降し堆積していく。そして時間と共に堆積地形は連なり堤防になっていく。

 何ともとんでもない壮大な構想にもとづく土木事業ですね。この説の真偽はともかく、想像しただけでもワクワクします。

 本書の最初に紹介されている徳川家康の「関東平野創造事業」にも驚きましたが、私にとっては馴染みのない分野で、新鮮かつ刺激的、そして楽しい気づきを数多く与えてくれた著作でした。



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