見出し画像

小倉昌男 祈りと経営 : ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの (森 健)

(注:本稿は、2016年に初投稿したものの再録です)

 新聞の書評欄で紹介されていたので手に取ってみました。

 以前小倉昌男氏の著作は、「経営はロマンだ! 私の履歴書」を読んだことがありますし、その他、新聞・雑誌の記事等でもそのアグレッシブな経営姿勢はひろく紹介されています。が、本書は、そういったメディアではあまり語られることがなかったもうひとつの小倉氏の姿を深く洞察したものです。

 もうひとつの姿とは晩年の「福祉事業」への取り組みでした。
 企業経営において十分過ぎるほどの実績と経験を持つ小倉氏は、自らの福祉事業の目的の一つとして「障がい者の自立を実現する事業の創設」を掲げました。
 自立の実現には、生活を支えるための収入を得ることが必須です。

(p26より引用) 数年前に「目標十万円」と言い出した時、福祉関係者からは「夢のような話」、「世界が違う」と否定的な声ばかりがあがった。その声を聞いた時、私の脳裏には、経営危機に陥っていたヤマト運輸で宅急便を始めた時の記憶がよみがえってきた。

 再び情熱を燃やす対象を見つけた小倉氏は、心血を注いで取り組みました。ヤマト運輸の時代には運輸省と闘い、郵政省と闘い、そして今度は厚生省に対する闘いでした。
 小倉氏の努力は「スワンベーカリー」の創業という形で結実し、2015年時点では全国29店舗にまで拡大しているとのことです。

 こういった小倉氏の福祉事業への取り組みの取材を深めていく中、著者の心の中にはひとつの疑問が膨れ上がってきました。
 それは、小倉氏は何故これほどまで熱心に福祉事業に取り組んだのかという点でした。一説によると投じた私財は46億円にものぼるとも言われています。

 そして、著者の丹念な取材により明らかになってきた動機は、“小倉氏が長年抱えていた家族に関する深い心の悩み”でした。

 その内容については、ここでの紹介は控えておきますが、仮に、小倉氏の福祉への取り組みの背景が極めてプライベートな事情によるものであったとしても、その想いは氏が設立した「ヤマト福祉財団」にしっかりと根付いていました。
 東日本大震災時、2012年ヤマト福祉財団は142億円にものぼる多額の寄付を行ったのです。

 この寄付を決断したヤマトホールディングス木川社長はこう語っています。

(p146より引用) 震災に遭遇したのは未曾有の“ピンチ”ではありましたが、社員に対して平素からいっていた「世のため人のため」「サービスが先、利益は後」という理念経営を具体的な形で見せる機会でもありました。(中略)大きな決断にあたっては、「小倉さんだったらどうするだろう」と考えるのです。「小倉さんなら、今の環境の中、何をするだろうか。震災直後のこの状況だったら、小倉さんも宅急便1個につき10円の寄付をきっと認めてくれるだろう」と自分に言い聞かせているところはあります。

 本書は、理不尽な既成権力に立ち向かった闘士としての稀有の経営者「小倉昌男」氏の知られざる一面を明らかにした著作です。
 ここまで踏み込むか・・・、私としては、個人のプライベートを露わにするジャーナリズムの姿勢に諸手を挙げて賛同するものではありませんし、またその伝えられる情報には玉石混交の観があると考えていますが、案ずるには及ばず、本著作の筆致は、徒にセンセーショナルに煽るでなく、対象を尊重しその想いに寄り添おうという心が感じられる至って穏やかなものでした。



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?