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父 吉田茂 (麻生 和子)

(注:本稿は、2013年に初投稿したものの再録です)

 家の書棚にあったので手に取ってみました。

 著者の麻生和子さんは、吉田茂氏の三女、最も近くにいた肉親しか知り得ないようなエピソードも多く、まさに政治家然とした政治家を別角度からとらえることは興味深いものです。

 そういった数々のエピソードの中から、いくつか覚えに書き留めておきます。

 まずは、戦後、マッカーサー総司令官との対応における吉田氏のスタイル。

(p41より引用) 外交官時代からの習慣だったと思いますが、父がマッカーサーとの会見からもどると、かならずその日話し合った内容を秘書官に伝えていました。秘書官はそれを文面にして、マッカーサーのもとに届けます。「自分ではこういうふうに理解したけれど、それでまちがいはないか」ということを、文面で確認していたわけです。

 政治家としての発言の重さを意識した態度ですが、これは、責任ある者どおしの間では当然のプロトコルでもあります。
 昨今は、こういった確認を確信犯?的に怠ることにより、後々の言い訳の泳ぎ幅を大きくしている政治家がそこここに見られますね。そういったやり様が「政治的」だと大きな勘違いをしている輩です。

 もうひとつ、これは従来からの吉田茂氏のイメージと合致している内容です。

(p98より引用) 祖父と父とは、ならべてみるとまるで白と黒ほども性格がちがっていました。
 祖父はなにごとも用心深く慎重で、石橋をたたいても渡らないほうでしたが、父は全然たたいてもみずにぴょんぴょん飛んで渡ってしまうような人でした。

 「ぴょんぴょん」というのは、なるほど彷彿とさせる表現ですね。
 ちなみにこの「祖父」というのは、大久保利通の二男であり、外務大臣をはじめとして政府の要職を歴任した昭和初期の政治家牧野伸顕氏のことです。

 さて、本書、吉田茂氏が表の主人公ではありますが、実際のところは著者麻生和子さんの自伝でもあります。

 そのあたり、本書への期待の持ち様によって読後感は大きく異なるように思います。ちなみに私の感想は・・・といえば、正直なところちょっと物足りなさが残りました。



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