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歴史を動かした会議 (加来 耕三)

 ひとつの「会議」の成り行き次第でその後の歴史が大きく変わった、そういう実例を数多く紹介し、その中から「会議」を有利に導くためのポイントを紹介しています。

 会議に臨んでは「根回し」「かき回し」といった調整・折衝手段が、平場でもしくは裏舞台で登場しますが、本質は如何にして議論のリーダシップを自らの掌中に納めるかというパワーゲームでもあります。

 しかしながら、もちろん会議の場で働くのは、文字通りの物理的パワーではありません。権威や論理のパワーであり、そこには説得・納得という要素も関わってきます。
 会議の発言者は、みずから是としている論理で論陣を張ります。その論理のベースには、自らが当然のことと考えている思考基盤があります。

(p116より引用) 常識に則って-などというと、いかにもありきたりの事柄と思われる方がいるかもしれないが、会議の発言で混同されやすいものに、常識=社会通念(習慣・慣例)といった思い込みがある。両者は明らかに違う。思い込み=社会通念と置くべきではあるまいか。

 「社会通念」はあるコミュニティでは共通の思考基盤たりえますが、コミュニティが異なると通用しません。相手の「社会通念」そのものを否定することは、相手の論理構成を根本から崩す有効な攻め口となります。

 著者は、「海防」をテーマにした幕末の御前会議における勝海舟の議論を、このパターンの実例として紹介しています。

(p119より引用) 非常の際に唯々諾々としていては、元も子も失ってしまう。概ね世論とか、多数の意見というのは、過去の因習、通念といった周知の所産で、旧態を脱皮しきれないものが少なくない。非常事態のさなかの会議では、指導的立場の者は以前にもまして、斬新な知恵と発想を示さねばならない。

 ところで、勝海舟といえば、江戸城開城をめぐる西郷隆盛との会談(会議)が有名ですが、それに関して、本書では興味深いエピソードが紹介されています。
 それは、勝・西郷会談以前に、西郷としては江戸城攻撃の中止を決断していたというものです。

(p162より引用) 大村藩出身の渡辺清男爵の「江戸、攻撃中止の真相」と題する回想だが、三月十三日、東征軍参謀の木梨精一郎とともに、横浜のイギリス公使館のパークスを訪れたおりの出来事。・・・「江戸での戦争は何のためか、・・・江戸に戦火が起これば、この横浜にも飛び火するであろう。居留地に住むわれわれ外国人の生命、財産を守るために、海兵隊と上陸させてあのように守らせている。われわれは江戸の戦争に賛成できない」

 勝との会談の前日にこのパークスの抗議の情報を聞いて、西郷は戦闘意欲をなくしていました。勝がこの情報を得ていたか否かは定かではありませんが、このケースのように、いくつかの会議は、それが開かれる前にすでに結論が見えているものも数多くあるのです。

 本書は、どちらかといえば、そういう事前準備の巧拙がその後の成り行きの明暗を分けた例を多く紹介しているように思います。
 ただ、それは「根回し好き」という日本人的行動スタイルとして指摘しているのではありません。会議を成功に導くための(海外も含めた)普遍的な秘訣として論じているのです。



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