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オシムの言葉 (木村 元彦)

 私は小学校のころはサッカー小僧でした。今でもサッカーを見るのは大好きです。

 フォーメーションやシステムをあれこれ話題にする最近の戦術議論の中、「走る」というシンプルではありますがサッカーにおいて最も基本的な教えを厳しく実践するイビツァ・オシム氏は、以前から非常に気になる存在でした。

 これまでベストセラー系の本は、特にそれが旬の時には手を出さなかったのですが、この本は是非とも読んでみたいと思っていました。

 まずは、タイトルであるオシム氏の「言葉」について、初代スロベニア代表監督ベルデニックのコメントです。

(p26より引用) 「当初はユーモアの鎧を纏ってはぐらかされているが、日本人はやがてオシムがどれほど偉大な監督であるかに気がつくだろう。ヨーロッパでは本当のユーモアは知性とも同義になる。気がつくはずだ。オシムの言葉の、面白みだけではないその内実の深さにね。

 この本を読んで特に感じることは、オシム氏の言葉は、常に「一人ひとりの人」に向かっているということです。一般的な箴言・格言の類ではありません。
 何より「人」を大事に考えています。

(p121より引用) システムはもっとできる選手から自由を奪う。システムが選手を作るんじゃなくて、選手がシステムを作っていくべきだと考えている。チームでこのシステムをしたいと考えて当てはめる。でもできる選手がいない。じゃあ、外から買ってくるというのは本末転倒だ。チームが一番効率よく力が発揮できるシステムを選手が捜していくべきだ。

 オシム氏は、一生懸命愚直に努力する選手を評価します。そういう選手を、強い信念と暖かい愛情をもって育て上げていきます。

(p208より引用) 「ミスをした選手を使わないと、彼らは怖がってリスクを冒さなくなってしまう」

 この本で紹介されているオシム氏の言葉はどれも素晴らしいものです。
 その中で、強いてひとつ私が選んだ氏の「最高の言葉」です。

(p35より引用) 「監督に、最後の佐藤のシュートが残念でしたね、と聞いたんだよ。そうしたら、『シュートは外れる時もある。それよりもあの時間帯に、ボランチがあそこまで走っていたことをなぜ褒めてあげないのか』と言われたよ」

 サッカーをやったことがある者なら、この言葉がどれほど嬉しいものであるかわかると思います。

 この本のサブタイトルは「フィールドの向こうに人生が見える」です。
 「東欧のブラジル」といわれたサッカー強国のユーゴスラビアは、ボスニア紛争の戦火に見舞われ、複数の民族国家に分裂するという巨大な歴史のうねりの真っ只中に巻き込まれてゆきました。そのときのユーゴスラビア代表監督がオシム氏でした。

 サラエボの戦火の中のオシム氏とその家族の生き方も心に残ります。
 オシム氏の強靭な精神力や他文化に対する許容力はそういった悲惨な戦争経験から得られたのではとの問いに対する氏の答えです。

(p129より引用) 「確かにそういう所から影響を受けたかもしれないが・・・。ただ、言葉にする時は影響は受けていないと言ったほうがいいだろう」
 オシムは静かな口調で否定する。
「そういうものから学べたとするのなら、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が・・・」

 もうひとつの素晴らしい「オシムの言葉」です。


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