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全員で稼ぐ組織 JALを再生させた「アメーバ経営」の教科書 (森田 直行)

(注:本稿は、2014年に初投稿したものの再録です)

アメーバとフィロソフィ

 レビュープラス(当時)というブックレビューサイトから献本されたので読んでみました。

 ちょっと前に、稲盛和夫氏の「燃える闘魂」を読んで、その内容の精神性偏重にちょっとがっかりしていたところなので、ある意味タイムリーな著作です。

 本書の著者の森田直行氏は京セラで稲盛氏のもと “アメーバ経営” の仕組みとシステムを構築・推進した方で、JAL再建にも副社長として大いに手腕を発揮されました。

 本書は、稲盛氏の経営手法の根幹をなす“アメーバ経営”の教科書ともいうべき本です。
 まず、森田氏は、「全員経営」を志向する”アメーバ経営”の特徴をひと言でこう説明しています。

(p14より引用) この経営手法の最大の特徴は、採算部門の組織を5~10人という小さな単位(アメーバ)に細分化し、それぞれがまるでひとつの会社であるかのように独立採算で運営することです。

 ”アメーバ経営”を運用していく根幹の仕掛けは、独特の管理会計制度である「部門別採算制度」です。
 最小の採算(利益把握)単位である「アメーバ」は、前工程のグループや関係グループから、自らの価値生産のために必要な資源を擬似的な売買で入手します。また、自らの生産物やサービスを後工程や関係グループに提供し対価を受け取ります。
 この社内取引の仕組みの中で、自己の利益最大化がミッションであるそれぞれの「アメーバ(採算単位)」のグループリーダは、自グループの利益最大化のために、資源を少しでも安く調達し、生産物を少しでも高く売ろうとします。
 従って、関係グループ間では、その取引価格を巡って熾烈なネゴシエーションが行われます。ストレートにいえば、アメーバ間の揉め事が起こるのです。

 ”アメーバ経営”における「揉めたときの判断基準」はこうです。

(p66より引用) 京セラグループでは、この判断基準を、物事の損得で判断するのではなく、善悪で判断すること、つまり「人として正しいか」という道徳観と倫理観に置いています。

 しかし、想像するに難くないのですが、この「判断基準を”道徳・倫理”に拠る」というルールを適切に運用するのは極めて困難です。
 ”アメーバ経営”は、採算単位が生み出す「時間当たり利益のΣの最大化」を目指す経営手法ですが、この利益という客観的な数値が、道徳的・倫理的に正しい行為によって生み出されたものか否か、それを評価する納得できる仕掛けがないとアメーバ内に不平・不満が蔓延し、仕組み自体が機能しないことになります。

 この点において、”アメーバ経営”を機能させるためには、稲盛氏の説く「フィロソフィ」の全社員への浸透・共有が必要不可欠になるわけです。

JALのアメーバ

 本書の第2章は、稲盛氏が取り組んだ「JALの経営再建」における”アメーバ経営”の実践の紹介です。

 破綻に至るまでのJALの経営は、稲盛氏から見ると(正直なところ、ここに書かれている状況が事実だとすると、極々普通の企業から見ても、)全くマネジメント不在の状況でした。

(p84より引用) 月次の損益計算書は2ヶ月遅れで出ていたし、100社ある関連会社では月次貸借対照表も作成されていなかったのです。また、経営幹部の誰が利益責任を負っているのかもまったくわからない状態でした。

 その中で、経費のみは「予算消化」的に確実な支出を続けていたといいます。

 稲盛氏が社長に就任して以来、JAL幹部による毎月の業績報告会は別世界のように厳しいものになりました。
 利益計画を達成していない場合はもちろん、利益計画を達成していても大きく計画から乖離していると、責任者はそのマネジメントの不十分さを叱責されました。

 そういった会議でのJAL幹部の発言の中で、森田氏が違和感を感じたものです。

(p97より引用) それは彼らが「トレードオフ」という言葉をよく口にしていたということです。「Aをやるのはいいと思いますが、その代わりにBが犠牲になります」という意味で使うわけです。おそらく、以前のJALでは、何か新しいことをやろうという案が出ても、トレードオフという言葉を持ち出せばやらずに済む理由になるし、会議の出席者をそれで説得していたのだと思います。・・・
 もし、京セラグループの社員がトレードオフという言葉を口にしたら、周囲から「両方ともやるに決まっているだろ」と一蹴されて終わりです。AとBの両方を実現する方法を考え、実行に移す。これで改革が大きく前進するのです。

 事業を遂行していく上で「トレードオフ」の状況に直面するケースは極々普通にあります。決して京セラの反応が特殊なのではなく、JALの姿勢が余りにもプリミティブだと言わざるを得ないでしょう。

 たとえば、よくトレードオフの関係にあると言われる「品質とコスト」も、じっくり考えてみると決してトレードオフの関係ではないですね。
 プロセスを適正化することにより、従来より低コストで品質を高めることは可能ですし、そういう実現例は世の中に山ほどあります。

 私は、「選択と集中」という言葉はあまり好きではありません。もちろん戦略としては否定するものではありませんが、余りに使われ方が安易だとの印象を持っているからです。

 クリティカルな課題であればあるほど「二兎を追う」べきだと思います。そして、(もちろん「二兎を追う」ことのデメリットは十分にわかっているつもりですが、)とことん「二兎」を追うべく知恵を絞り尽くしたあと、最後の決断として「ひとつを選択し、それに集中する」ということはあり得ます。
 そこまで突き詰めないと、選ばれなかった選択肢、これに関わっている人に対して「あなたの仕事はなくなりました」との非情な通告をすることなどできません。

 そして、閉じる事業を、上手く幕引きすることはとても難しく、それこそプロフェッショナルな仕事だと思います。



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