見出し画像

幸四郎的奇跡のはなし (松本 幸四郎)

(注:本稿は2011年に初投稿したものの再録です)

 いつもの図書館の新着図書の棚で目についたので手にとってみました。
 今日の歌舞伎の名優九代目松本幸四郎さんのエッセイ集です。

 私も歌舞伎にはちょっと興味があるのですが、今まで実際の公演はたった一度しか観たことはありません。でも、いいですね、特に舞踊は瀟洒で綺麗でした。

 さて、本書、歌舞伎役者・俳優としての幸四郎の幼いころから今日に至るまでのエピソードが数多く紹介されています。
 3歳のころ、初舞台前嫌がって泣き出した話、小中高と虐められ「ひきこもり」だった話、そして、そこから逃れるために歌舞伎の稽古に没頭していった話・・・。
 それらの中から、私の興味を惹いたくだりをいくつか書き留めておきます。

 まずは、沖縄の女子大生からの手紙をきっかけにして実現された「勧進帳」の那覇巡業。そのときの幸四郎の決意です。

(p18より引用) 人を傷つけることは誰でもできるが、人に感動を与えることはなかなかできない。そのなかなかできないことを自分は仕事にしている。いつの日か、基地のない沖縄で、もう一度『勧進帳』を勤めたいと思っている。

 もうひとつ、幸四郎(当時は市川染五郎)が、NHKの大河ドラマ第16作「黄金の日日」に主人公呂宋助左衛門役で出演したときのフィリピンロケでの話。

(p113より引用) 南の島に漂流した助左衛門が、竹槍を作り、市場で食料と換えようとするシーンのことだ。僕はボロボロの衣装で竹槍を持ち、エキストラの老婆の前に立った。一瞬、彼女の僕を見つめる視線が刺すように鋭く、僕はたじろいだ。瞳の奥には、恐怖と嫌悪と怒りが凝縮しているようだった。

 私はもう20年以上大河ドラマは見ていませんが、この「黄金の日日」は印象に残っている作品のひとつです。城山三郎氏原作・市川森一氏脚本、堺商人が主人公という、それまでの大河ドラマの定番とはちょっと異なった味付けで面白かったですね。

 さて、本書で自らの半生を縷々綴った幸四郎は、歌舞伎に留まらず現代劇やミュージカルにも挑戦し成功を収めてきました。それらのチャンスは歌舞伎の名門の出であったが故に巡り来たものもありましたが、その度ごとに「やってみよう」と決断したのは幸四郎自身でした。
 梨園に自らの確固とした軸足を置きながらも、常に新たな境地を拓いていく前向きな姿は素晴らしいと思います。



この記事が参加している募集

#読書感想文

192,058件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?