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アメリカ海兵隊 (野中 郁次郎)

情報⊂人

 著者の野中郁次郎氏は、以前「失敗の本質」という共著において、第二次大戦の日本軍敗戦の原因を、戦略・組織面から研究し発表しました。
 そこでは、日本軍の6つの作戦をケースに失敗の要因を分析し問題点を浮かび上がらせています。

 本書でも、前書で指摘したのと同様の問題点がところどころに顔を出します。
 まずは、ガダルカナルで日本軍と戦った米国海兵隊中佐の言です。

(P64より引用) 「この血なまぐさい12時間の戦闘によって、どう理解して良いか分からない問題にぶつかった。一木は、斥候がほとんど全滅させられたのだから、論理的に彼の攻撃の意図は海兵隊に知られているとは考えなかったのだろうか。・・・なぜ、彼は損害の大きかった第一回攻撃と同じ方法で第二回攻撃を行ったのだろうか。・・・その答えの一部は、当然のことであるが、一木大佐の情報不足であろう。しかし、もっと重要なことは、彼の傲慢な現実無視、固執、そして信じ難いほどの戦術的柔軟性の欠如ではないか」

 第二次大戦において、日本軍は対米情報戦に敗北したと言われますが、その内実はそんな単純系ではありません。
 情報の有無が大前提なのは言うまでもないことですが、仮に情報があったとしてもその情報を活用する能力がなければ何の意味もないのです。情報は、使いこなす人がいてはじめて活きるのです。

 「情報」を「意味のあるものだと認知」し、それをもとに「事実を把握」、さらに、その事実を踏まえて「分析」し「対応策を策定」、そして「実行」する、最後にまたその結果を「情報としてインプット」する・・・という一連の活用サイクルを回すことが重要だということです。
 このサイクルは「人」が回すのです。その意味で、「情報⊂人」なのです。

 さて、具体的な情報活用は、たとえば「失敗の教訓化」という形をとります。

(P90より引用) ジュリアン・スミス少将は「われわれはいくつもの失敗をしたが、最初からすべてを知ることはできない。われわれは将来のためになることをたくさん学んだ。・・・」といった。“ガルバニック”作戦を指導した指揮官たちは、ギルバート諸島の戦闘が終了した瞬間から、戦闘中に生じたすべての失敗と欠陥を発見し、詳細に検討し、それを修正するよう、幕僚たちに指示した。

 ただ、個別事象の検討・修正にとどまっているのではありません。その教訓はシステマティックに共有され応用されます。

(P92より引用) ニミッツ提督の担当する太平洋全域にわたり、ギルバート諸島での戦訓が配付された。・・・タラワ以後の強行上陸作戦のあらゆる局面は“ガルバニック”作戦という原型を基に検討された。

 「教訓」はリアルな世界で義務化されないと確実に活かされたことにはなりません。ここまでやってようやく1サイクルのゴールです。そして、サイクルはまた回り始めます。

海兵隊のカイゼン

 現在においては「陸海空軍の全機能を備え、その自己完結性と高い機動性から脚光を浴びている緊急展開部隊」だと認知されている海兵隊ですが、今まで何度も存続の危機を乗り越えてきたとのこと。
 その歴史の中には大きな進化と小さな進化があったようです。

(P176より引用) 水陸両用作戦という概念は、海兵隊の過去の経験の延長から生み出せるものではなかった。それは、現状の改善から生まれる小進化ではなく、過去から不連続的に飛躍する大進化のきっかけになった概念である。概念が生まれれば、それを形にすべく、過去の知識の蓄積と関係が薄くても、必要な知識を創造することができる。概念は、経験を越えて自在に飛べるのである。小進化としての洗練は経験的であることが多いが、大進化としての再創造は経験を越える概念で始まることが多いのではなかろうか。

 大進化は、新たな概念に触発された革新的進化ですが、小進化はいわゆる「カイゼン」活動と同系統の地に足の着いた営みです。
 この本では、以下のようなシステマティックな具体的プロセスが紹介されています。

(P166より引用) 現在でも海兵隊員は、全員が研究開発に関する情報提供が義務づけられ、訓練終了後ごとに、たとえシャベル一本の改良すべき部分でも発見すれば、部隊から即、開発センターへ知らせるシステムが確立されている。

 また、以下のような変革プロセスも「カイゼン」活動の具体的姿のひとつです。

(P168より引用) 組織が過剰適応に陥らず絶えず革新への挑戦を行なっていくためには、組織が基本的なものの見方、認知枠組み、思考前提を日常的に創り変えるプロセスを制度化していることが重要である。
 海兵隊の場合、そのための仕組みが二つある。
 まず、海兵隊司令官が推薦図書を公表し、隊員全員に議論のきっかけを提供する伝統がある。・・・
 さらに、海兵隊将校向けの月刊誌・・・は、「アイデアと争点」という自由投稿の紙面を中心に構成され、・・・海兵隊のあり方をさまざまな視点から絶えず見直している。・・・この紙面の目的は、「自由な議論とアイデア交換の場を提供し、・・・思慮に富む投稿を通じて毎年多数の海兵隊員が、海兵隊の進化と進歩に貢献するアイデアを提起できるようにする」ことであり、「それらに対する反論、意見、補給は建設的なものでなければならない」と付記されている。

 後者の「アイデア共有」の仕掛けは結構どこの組織でも見られるものだと思います。(徹底の濃淡はありますが)
 むしろ、前者の「ブックリスト提供」の方が興味深く感じます。何となくアナクロニズム的な感じもしないわけではありませんが、同じ書物を読むことは、問題意識を共有する非常に簡単な方法です。こういう単純なやり方の方が現実的な実効があがるのかもしれません。

海兵隊存続の要諦

 ふつうに考えると「陸・海・空」の3軍あって、さらに「海兵隊」というのはなぜ?という感じを抱きます。アメリカ海兵隊は1775年に創設されたのですが、当初の目的は、平時は警備隊としての艦内秩序の維持であり、戦闘時には敵艦との接近戦の遂行でした。
 現在でも、海兵隊は、海外での武力戦闘を前提に組織され、アメリカの権益を維持・確保するための緊急展開部隊として行動することをミッションとしています。
 したがって、DNAとして「変化に対する即応性」が染みついているのです。

 まずは、組織体としての「即応対応」ですが、以下のように状況によって小さくも大きくもできる柔軟な構造になっています。

(P185より引用) 同一業種内でも業績のよい組織は、「分化」と「統合」という相反する組織の状態も同時に極大化しているというのである。
 しかし、分化と統合の「同時」極大化というのは、論理的には不可能である。・・・この論理矛盾を打破するのが現実の世界における行動である。つまり、動くことで視点が変わり状況が見えてきて、統合と分化という力(ニーズ)が全く拮抗しているわけではないことがわかってくる。対抗する二つの力のバランスを取るのではない。時と場所によって異なるそれらの力関係を感じ取り、組織のリーダーがその強いほうを選んで推進するのである。そして、より高度な分化と統合を交互に追求することによって、組織をスパイラルに革新するのである。
 海兵隊が部門間分化に対して開発した統合組織構造は、入れ子型でいかなる規模でも自己完結している海兵空・陸機動部隊(MAGTF)であった。

 また、同じように人材活用においても「即応対応」が工夫されています。具体的には以下のような仕掛けです。

(P80より引用) 強襲上陸部隊は、・・・エファテ等で予行演習をしたが、第二海兵連隊の指揮官が病気になったため、スミス少将は師団の作戦計画にもっとも精通している作戦主任参謀シャウプ中佐を大佐に進級させ、第二連隊の指揮官とした。第二次大戦中の米軍は、作戦のニーズに応えてこのような抜擢を行ない、使命が終わると元の階級に戻すという機動的人事を編みだした。

 この対応は、「階級」と「職責」をベースにした典型的官僚型組織を所与の前提としたうえでの応用形なので、真の意味での「柔軟な適材適所の人材活用」とまでは言えないと思います。が、逆に「典型的官僚組織」の世界観の中で、この手の荒技ができること自体、出色と言えるかもしれません。

 さて、以上のような「組織」と「人」に係る柔軟な仕掛けの支えがあって、状況に応じた機動的なアクションが可能になります。

(P123より引用) 遊撃線の要諦は、・・・「戦略的には、一をもって十に当たり、戦術的には十をもって一に当たる」ものであり、時間と空間をダイナミックに同期化させるのである。

 まさに「孫子の兵法」の真髄です。

生きた情報活用

 軍隊組織を例示しての話は、個人的にはあまり好まないのですが、「実践的な情報共有」についての分かりやすいケースなので以下に紹介します。

(P191より引用) 海兵隊は、生きた情報の獲得とその共有を重視してきた。戦闘力を迅速に行使するには、戦闘に最適な場所と時間を見極めるための情報と、敵軍と自軍の戦力を比較するための知識・情報とを司令官に集めると同時に、各分隊または各兵士の間にも知識・情報の共有がなされる必要がある。それらが与えられることによって、各個人がその場で正しい決定を下すことができ、組織的に行動するときには、以心伝心でお互いの考えていることが分かり合える。・・・
 海兵隊の一高級将校によれば、共体験は相手の思考プロセスまで暗黙的に分かるので、戦闘行動に不可欠のチームワークの知を涵養するという。

 似たようなissueについては、以前私のBlogでも「分身を作るための情報伝達」というタイトルで思うところを記しました。
 そこでは「『インプット情報』のみを伝達したり共有化したりするだけでは不十分です。『処理ロジック』も共有化しなくてはなりません。」と指摘しました。
 上記のケースでは、「処理ロジック」を共有するための具体的プロセスのひとつが「共体験」ということになります。

 もうひとつ、情報活用の際の留意点です。
 個々のデータの具体性・客観性は非常に重要な要素ではありますが、それらの情報だけで「対象を創り上げてしまう」のは危険です。

(P192より引用) 湾岸戦争の反省として、連合軍は偵察衛星等により確認された戦車数などのハードなデータの情報に焦点を当てすぎて、イラク軍戦車乗員の能力や戦闘意欲などのソフトデータを無視したと指摘された。・・・生きた情報を獲得する人間系のインテリジェンス・システムの積極的な活用によって的確な小進化を起こすことを可能にしたのである。

 これと同じようなことは企業のマーケティング活動においても言えます。
 表層的な統計データ(デモクラティックなデータ等)で何かを物申せる場合もありますが、実際は、現場やお客様からの声、街に出て見聞きした感覚も加味して、リアリティのあるマーケット像をイメージすることが重要です。



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