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銀座のプロは世界一 ‐ 名店を支える匠を訪ねて (須藤 靖貴)

 以前、「銀座の達人たち」という本を読みましたが、本書も同じような系統のものです。
 「食」「飲」「美」「匠」「装」「趣」の6つの世界で、銀座の名店を支える名人31名が登場します。

 その中で私の印象に残った名人の言葉をいくつかご紹介します。

 まずは、まさにプロ中のプロらしい台詞をふたつ。
 「レストラン銀圓亭シェフ萩本光男氏」の言葉。

(p29より引用) できない人ほど手を抜く。できない人は恐さを知らない。本当のプロはおっかなくて手を抜けないんです。手を抜いたら、ろくなものはできません。料理だけでなく、何事も同じだと思いますけどね。

 「南蛮1934バーテンダー永島明氏」の言葉。

(p98より引用) お金をいただく以上、七十だろうが二十歳だろうが、プロはプロです。ですから年を重ねれば極められるというものではないんです。バーテンダーの仕事は一生修業です。だからおもしろい。

 続いて、先に読んだ「銀座の達人たち」にも登場した「ライオン七丁目店副支配人海老原清氏」の謙遜と真実の言葉です。

(p76より引用) 名人の極意を乞うと、スマートな笑顔から意外な答えが返ってきた。
「注ぐのは、慣れれば誰にでもできます。大事なのは裏の仕事です。ビールの味はそれで80パーセント決まるんですよ」

 最後は、名人ならでは厳しさが感じられるフレーズです。
 「審美堂宝石鑑別鑑定士君島勝氏」の言葉。

(p203より引用) 「自分でもカットをやると、カッターの苦労がわかってしまうでしょう。すると先ほど言った許容範囲が甘くなってしまう。統括として厳しく言えなくなる可能性が出てくる。まあいいか、という気持ちでは、完璧な輝きは生れません。」
 人の気持や苦労を慮る感情は尊いものだが、より研ぎ澄まされた仕事には邪魔になることもある。

 「渡辺木版画店浮世絵摺刷師渡邊英次氏」の言葉。

(p246より引用) 「摺りが楽しいという感覚が消えました。なに一つ疎かにしないという厳しさが芽生えたのかもしれません。師匠に威厳があったのも、そういうことなんですね。三十代で気づくのは遅いんですが」
しばらくして、「このごろ、よくなった」と師匠に言われたという。

 本書に登場している名人・達人は、「自分の技は盗んで覚えろ」といったタイプの方々ではありません。自分の技能を次代に伝える大切さを意識していますが、同時にその困難さも痛感しているようです。

 もうひとつ感じたことがあります。
 「名人・達人は、その素晴らしさを理解しているお客に支えられている」ということです。
 名人・達人は決して「お客の声」を蔑ろにしません。誰が何と言おうと「わが道を行く」というような頑固で偏狭な考えはもっていません。むしろ謙虚で柔軟です。その姿勢が、名人の技に普遍的な価値を与えているのだと思います。


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