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お金の流れが変わった! (大前 研一)

(注:本記事は2010年に初投稿したものの再録です)

ホームレス・マネー

 R+(レビュープラス)から献本としてお送りいただいたので早速読んでみました。大前研一氏の最新刊です。

 大前氏の著作は、いまから30年ほど前の「企業参謀」以来そこそこ読んでいます。大の大前ファンというわけではありませんが、大前氏が示す俯瞰的な視点は大いに刺激的ですし、適否はともかく少なからず参考になりますね。

 さて、本書で取り上げられているのは「ホームレス・マネー」

(p54より引用) ホームレス・マネーとは、投資先を探して世界をさまよっている、不要不急で無責任きわまりないお金のことだ。

 ホームレス・マネーは「過剰流動性」の一形態といえますが、この現出の原因について大前氏は「世界的に高齢化とモノあまりが進み、需要が低調でお金がモノに転換されなくなった」ためだと捉えています。

 現在約4,000兆円にのぼると考えられているホームレス・マネーですが、その出所は大きく3つあります。

(p55より引用) 一つ目は、ノルウェー、スウェーデン、カナダ、オーストラリア、アメリカ、ドイツ、イギリスといった古くからOECD(経済協力開発機構)に加盟している国々の余剰資金。・・・
 二つ目は、原油価格の高騰で中東産油国に積み上げられた多額のドル。これはオイル・マネーと呼ばれ、高い利回りを求めて海外の金融市場を跋扈している。・・・
 三つ目が、中国マネー。市場開放後、中国は貿易でお金を集め、外貨準備高はいまや2兆7000億ドルに迫ろうとしている。・・・

 これらのホームレス・マネーは、わずかな人数のファンドマネジャーによる機械的な運用(マネー・ゲーム)により動かされています。そこには、サヤ抜きによる利益獲得という目的しかありません。

 とはいえ、こういう投機的なファンドばかりではないようです。先進国の年金ファンドに代表される比較的長期志向の過剰流動性は、運用先として新興国インデックスファンドに注目しています。

(p86より引用) インデックスにお金が流れ込めば、そのお金はODAのように相手政府の手を経由せず、直接、企業の資金になる。おそらくこれは、民から民へと国境を跨ぐ、人類がはじめて経験するカネの動きだ。
 そのような資金によって新興国の企業が栄えれば、雇用が生まれ、働き口がないために外国で就業していた経営能力のあるエリートが戻ってくる。そうすれば、さらに企業業績は伸びる。そういう好調な国の通貨は強くなり、通貨が強くなれば、株式市場の上昇と合わせて二重の効果をもたらす-この歯車がうまくかみ合っていることこそ、新興国が繁栄している最大の効果であり、21世紀経済の一大特徴といえる。

 こういった視点からの投資は、長期的な国際経済の発展や安定に寄与するという意味で、非常に重要かつ有意義なものだと思います。

 さて、本書での大前氏の指摘は、まさにタイトルのとおりです。

(p94より引用) 21世紀になって世界のカネの流れが変わった。その最大の理由は、(高齢化する)先進国や(高騰する石油で)OPECに過剰な資金がたまる一方で、自国では富を生み出さないどころか、目先の景気対策と称してゼロ金利や低金利にしてしまっているからである。住むのは安全・安心な先進国、資金の運用は発展著しい新興国、という流れがこの五年間くらいのあいだに定着してきたのである。

 「21世紀の金の流れ」は、自然発生的なものではありません。主たる要因は、いわゆる先進国における財政・金融政策の誤りから生じたものだというのが、大前氏の主張です。

 さらに、大前氏は本書の後半で、この巨額な過剰流動性を活用した自国の税収に頼らない経済発展策を提示しています。

逆転の発想

 大前氏が注目している「ホームレス・マネー」のうねりは、旧来のケインズ的な財政政策や旧来の金融政策を無力なものとしています。マクロ政策によって経済を建て直そうとする考えはもはや通用しないとの指摘です。

(p121より引用) 低金利だけでなく、マネーサプライも実態経済の調整弁として機能しなくなっている。・・・要するに、経済がボーダレス化するとマクロ政策の効果は逆になるのである。
 たとえば、信用のある国が景気を引き締めようと金利を上げたとしよう。これまではお金の借り手が減って景気が減速したが、いまは高金利と見るや海外からホームレス・マネーが流れ込んでくるので、景気はいっそう過熱してしまうのである。

 こういう指摘に代表されるような、新たな視点の提示は、大前氏の真骨頂ですね。
 ここ数年の著作では、少々飛びすぎているのではとか、自身のビジネスへのPR色が強すぎるのではと感じられる主張も多かったのですが、本書での指摘は、それらに比較するとかなりモデレートなものだと思います。

 たとえば、「新興国での成功モデル」については、日本の得意技であった「昔の芸」で戦えると説いています。

(p173より引用) 新興国で成功を収めたいなら、大きく分けて五つの攻略ポイントがあることを、日本企業は理解しておいたほうがいいだろう。
 その第一は官公需、つまり公共事業だ。・・・

 ただし、ここで言う公共事業は「従来の単純ハコモノ」ではありません。最近のJR東日本が推し進めているのような「駅+駅ビルショッピングセンタ+Suica(eコマース)」という新たなビジネスモデルをイメージしています。
 そのほかの攻略ポイントをして掲げているのも、「法人需要」と「コンシューマ需要」というノーマルな切り口。細分化したものも「富裕層需要」「中間所得層需要」「貧困層需要」といった層別の攻略法であり、目新しさという点では大前氏らしくはありません。

 私として、「視座に転換」という点で改めて刺激になったのは「税制改革」についての大前氏の指摘のくだりでした。
 「法人税率の引き下げは今さら意味はない。すでにグローバルビジネスを展開している企業の実効税率は30%を切っている」とうあたりは、すでに常識化しているところではありますが、所得税・資産税・相続税・贈与税あたりについての提言は、興味深いものがありました。

(p202より引用) 私にいわせれば、所得税率は上げるのではなく、むしろ下げるべきだ。所得税を下げて税収が減った国などない。・・・理由は簡単で、正直に申告しようとする者が増えるからだ。金持ちの手元に現金が多く残れば、彼らが消費を牽引するという効果がある。

 プーチン前大統領によるフラットタックスの導入によりロシアの地下経済が一挙に表出したという実例は、確かに面白いものです。

 また、

(p204より引用) もし金持ちからより多くの税金を取りたいなら、所得よりは資産にかけたほうがよい。日本の本当の金持ちは給与所得者ではなく資産家だからである。

という指摘も「なるほど」という視点です。さらには、大前氏のこう続けます。

(p204より引用) 相続税も期限を区切って撤廃してもよい。・・・若い世代に移った膨大な資産は景気刺激の重要な要因になる。・・・
 日本も・・・期間を定めて相続税を撤廃することで、高齢者に過剰に貯まって不動化している資産が一気に流動化し、若い世代が消費に向かうので、経済は活性化するにちがいない。

 私たちが資産を貯めこもうと考える大きな理由は、将来に対する不安感です。景気浮揚の有効策のひとつが「消費の活性化」だとすると、この不安感を払拭するための具体的方法を見つけ出すのが最重要ポイントとなりますね。
 この点について大前氏は、

(p205より引用) 日本人がお金を使わない大きな理由は「いざというときのため」だが、いざというとき必要なものが相続税から免除されるなら、安心してお金を使えるのではないか。

と語っています。

(p210より引用) 国民の税金を経済成長の原資にするという発想。これを根本からやめるべきなのだ。

 この税金に代わる財源が4000兆円の「ホームレス・マネー」であり、1400兆円の個人金融資産なのです。



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