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小説「魔法使いのDNA」/#005


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葉子

 四谷駅の路上で、今日一日の最後の曲はきっとあたしだけのために歌ってくれたに違いないのだけど、それから二人は夜を共にして、その日からつきあいはじめましたなんてロマンチックなできごとは起こらなかったんだ。

 「本当は今日こんな時間までつきあってくれたお礼にお食事でもごちそうしましょうって言わなくちゃいけないんだろうけど、12時になると魔法がとけちゃうので帰らなくてはならないんだ。」
 リュウさんはそう言った。

 「魔法がとけるとどうなるの?」
 あたしがたずねると、
 「眠くなる。」と真顔で言った。

 「俺、こう見えても冴えないサラリーマンでさ、明日は日曜日なんだけど、出張の予定が入っていて、朝が早いんだよね。」
 そう言いながら、ポケットをごそごそさせて、クタクタの財布の中からクチャクチャの紙切れをあたしに渡した。
 「これ、この次のライブのチケット。よかったらまた観にきてよ。今度は他のメンバーも紹介するし、ライブが終わったらみんなでご飯を食べよう。」

 次のライブというのはおよそ1ヶ月先だった。

 あたしはそれからの1ヶ月の間、THE STORYのライブに行くことだけをモチベーションにして生きた。

 昔からそうだったんだけど、あたしは大事な時にはいつも熱を出す。遠足の時も修学旅行の時もそうだった。それは社会人になってからも続いていて、社員旅行ではじめて海外に行った時にも熱を出したし、旅行だけじゃなくて友だちとドリカムのライブにいった日にも熱を出した。彼氏ができてはじめてのデートの日にもやっぱり熱を出した。
 
 だけど、スポーツがあまり得意ではないあたしは、運動会には熱を出さなかった。うまいこと熱が出てくれたら運動会に参加しなくてすんだのに。
 
 つまり、楽しみにしているとあたしは熱を出してしまう体質なのだ。
 案の定、ライブの当日は朝から熱っぽかった。
 
 平日の金曜日だったので、あたしは迷わず会社を病欠して、ライブに向けてゆっくり休んで体調を整えた。
 
 夕方には熱は37度台まで下がっていた。
 ライブハウスに一人で来るのはこれで2回目だ。経験があるということは自信につながる。今夜もいくつかのバンドが出演するらしいが、リュウさんのバンドは一番最初だった。会社を休んだあたしがちょっと早めにライブハウスに到着すると、お客さんはまだ少ししかいなかった。ドリンクカウンターでジントニックを受け取るとテーブルのある場所へ移動してスツールに腰をかけた。
 
 ステージではライブハウスのスタッフらしき人が機材のセッティングをしていた。ステージの袖からバンドのメンバーが話をしながら出てきた。
 リュウさんがあたしに気がついて近づいてきて、
 「来てくれてありがとう。」と言った。
 
 その声をずっと聞きたかったんだよ、とあたしは心の中で言った。
 また、少し熱が上がったかも知れない。
 
 やがて、お客さんが増えてきて、ザワザワと騒がしくなってきた。
 知り合いがたくさん来てくれているらしく、リュウさんはあたしに「じゃ、またあとで。」と言って、他のお客さんのところに挨拶にいそがしく動きまわった。
 
 ライブがはじまった。
 
 ベースの奴が弟なんだ、と言っていたのでベーシストに注目してみる。職人さんのように手慣れた動きで楽器を扱う男性は、なるほどどことなくリュウさんに似た雰囲気があった。
 
 調子の好い、ノリの好い曲を3曲続けて演奏をすると、リュウさんはバンドの紹介をした。それから少しテンポのゆっくりした、ゆるい感じの曲を演奏をした。
 
 自分は空を見るのが好きで、子どもの頃はよく窓から雲を眺めていた。
 自分は山のふもとの田舎町に住んでいたので、東京は憧れの土地だった。だから、少年の頃から、空に浮かぶ雲を見ては、そのずっと向こうに東京があるんだなって思って、そこで生活する将来の自分を想像したりしていた。自分の将来の生活には最愛の妻が居て、何人かの子どもたちが居て、そして、子どもたちと一緒に音楽を演るのが夢だった、とリュウさんは語った。
 そしてその夢はまだ叶っていないと言って、オリジナル曲を演奏した。
 
 あたしは、その歌を聴きながら、その子どもたちの母親が自分だったら好いのに、と思った。
 
 ライブ終了後、リュウさんはホントにあたしをバンドの打ち上げに混ぜてくれた。
 
 バンドの他のメンバーの人たちも気さくで好い人たちだった。
 音楽をやっている人は気難しいか、気取っているか、はじけちゃっているか、いずれにしても苦手だなと思っていたのはあたしの偏見だった。
 
 ベーシストの弟は近くで見るとリュウさんと色々と相似点が多かった。何しろ声がそっくりだったのには驚いた。電話なら間違えてしまうだろう、きっと。
 
 熱の所為で少しハイテンションだったあたしは、普段より少し勇気があって、普段より少しおしゃべりだった。
 
 趣味の話になり、本の話になり、映画の話になった。
 バンドの人たちは好奇心旺盛で、それぞれ知識があって、こだわりがあって、話はオモシロかった。
 
 ドラムの人が最近観た映画がオモシロかったという話をして、あたしとリュウさんがそれに反応した。 実在の有名なミュージシャンをモチーフとして、その時代の音楽シーンをドキュメント風に表現した作品。主人公のモデルとなったといわれるミュージシャンを昔から大好きなリュウさん。聞いたことのあるテーマソングと映画に登場する俳優に興味を持ったのがあたしで、下心とかなしに純粋にあたしも観たいと思った。
 
 そして、ホントに自然に今度の週末に二人で映画を観にいこうということになった。
 3度目にリュウさんと会ったのは、映画を観ることが目的だった。いわゆる、デートって奴だ。
 
 映画はドラッグあり同性愛ありの、あたしにしてみては少し刺激の強い、恋人たちのはじめてのデートで観る映画にしてはあまり相応しくないものだった。
 
 あたしからしたらデートだけど、リュウさんからすればデートが目的ではなくて、映画が目的なので仕方がない、というよりこの映画に感謝だ。
 ドラック&同性愛万歳!
 このデートはプレゼンテーションだ。
 あたしという存在の価値を存分にアピールして、これから先、生涯の伴侶として認識していただけるか、恋愛の対象として候補に入れてもらえるのか、あるいはお友だちというカテゴリーに分類されてしまうのか、一瞬一瞬が勝負であり、ひとつ一つの言動がやり直しのきかない試験のようなものだ。
 なんて、考えたら何もできなくなってしまった。
 呼吸をするのさえぎこちない。
 今回はよくも熱が出なかったものだと我ながら不思議に思う。

 でも、もしかしてこの日のあたしのプレゼンテーションは成功だったのかも知れない。なぜなら、それから、二人はつきあっているかのように自然に定期的に会うようになったのだから。
 
 7回目ぐらいに会った時に、リュウさんがぽつりと告白をはじめた。
 愛の告白だったら良かったのだけど、残念ながらそうではなかった。
 
 「突拍子もない話で、頭がおかしくなったかと思うかも知れないけど、少し自分のことを話しても良いかな?」
  何の話だろう?実は自分はバツイチで子どもがいるとか言われたらどうしようかと思って、少しドキドキした。

 「実は俺、魔法使いなんだ。」
 
 「は?」
 「ほらね、驚くっていうか、何言ってんのこの人、って感じでしょ。」
 そう言って八重歯を出して笑った。
 「魔法使いとか言ったけど、魔界からやってきたとか、もちろんそういうのじゃないよ。超能力と言えばいいかな、みんなができないようなことが少しできるだけ。」

 「超能力?スプーン曲げるってこと?」
 「ああ、曲げようと思えばスプーンぐらいは曲げられるかな。例えば、手を使わないで物を動かしたり、でもすごく速く動かしたり、すごく重い物を持ち上げたり、すごく遠くまで動かせるわけじゃないんだ。手でできることを手を使わないでできる程度。」
 とリュウさんが言うと、あたしの目の前にあったコーヒーカップがくるりとまわった。

 「す、すごい。」
 「でしょ。自分にこんなことができるって気がついたのは小学生の時でさ、最初はすごい得意だったよ。スーパーヒーローになった気分。自分は選ばれた人間で、この能力で世界の平和のために悪と戦うんだって思った。」
 そんな漫画とかあったしね、とリュウさんは付け加えた。

 「他にもできることってあったの?」
 あたしは思うことがあって質問した。まさか、人の心とか読めたりはしないでしょうね。

 「そうだな、自由にコントロールできるわけではないんだけど、未来が見えたりすることがある。小学生の時はテストの答えがわかったりもした。」
 「み、未来が見える!すごい!」
 「うん、すごい。」
 そう言って、リュウさんは口を固く結んで神妙な顔をした。

 「人と違う特別なことができたら、学校で人気者になれるかなって思った。そして、実際なったよ。ちやほやされた。でもそれはみんなが俺に好意を持ってくれたわけじゃない。好奇心だよね。面白がっていただけ。で、そんな俺を面白く思わない奴が必ず現れるんだよね。自分が一番目立ちたいって奴がね。」
 と苦笑いする。

「ガキ大将というより、もっと気障な奴だったんだけど、お金持ちの息子でさ、頭も良かったし、身体が大きくてスポーツも万能だった。女の子からもそこそこに人気があって、生徒会長だった。自分が一番だと思うのは別に構わないけど、他の人を一段見下してる奴でさ、俺なんかそいつから比べたら3段階ぐらいグレードが低いって思っていたんじゃないかな。ところが俺がたまたまテストの成績が良くてそいつより良い順位を取ったことがあるんだ。俺の通ってた小学校、当時、学年ごとに総合実力テストみたいなことを実施して、成績上位者だけ発表したんだよね。そうしたらそいつ俺のこと面白くなく思ったらしくてさ、あいつはずるをしてるって噂を広げたんだ。そのテストの時は俺も結構勉強頑張ったし、マグレっていうかラッキーなところもあったんだけどね、でも魔法は使っていない。答えはあらかじめわかったりしなかった。でも、みんなは俺が魔法を使ったと思った。そりゃ、そうかも知れないな。誰だってそう思うに決まってる。でも、マグレも実力のうちだとしたら、超能力だって能力のうちだよね。身体が大きいのだって持って生まれた才能だし、人と違うことができる能力だって同じじゃないかな。魔法がズルいんだったら、背がでかいのだってズルい。まあ、そんなへ理屈を言えば言うだけ自分のことを良く思わない人が増えていくもんだよな、これが。今でいうちょっとしたいじめの状態だった。その生徒会長は影響力あったからね。取り巻きみたいな、子分みたいな奴もまわりにいて、逆らえないような力を持っていた。そして俺は孤立した
もともと団体行動が好きじゃなかったし、好きじゃないからうまく振る舞えなかったし、とすれば、その生徒会長の所為とばかりも言えないんだけどね。」
 いつになくよくしゃべるリュウさんはここで一息入れて、冷たくなったホットコーヒーをゴクリとノドを鳴らして飲んだ。

 「それからは、自分が魔法をつかえる、と言うのをやめることにした。」
 
 「じゃあ、あたしに魔法の話をしたのがすごい久しぶりってこと?」
 あたしが質問すると、その質問を待っていたというような顔をしてリュウさんは再びは長い話をはじめた。
 
 「中学校は小学校と同じく地域の公立だったから知った顔ばかりだった。だから俺は極力大人しく、できるだけ目立たないように、普通の能力も普通じゃない能力もどっちもあんまり使わないようにしていた。スポーツも頑張らず、手を抜き過ぎず。でも、一生懸命頑張らない青春って味気ないよね。高校は家から少し離れた私立の男子校に通った。変わるチャンスだと思った。俺は考えた。この特別な能力にオプションを加えることでパワーアップして、そしてもっと日常離れした話にしちゃおうと思った。で、何をしたかと言うと、手品を練習したんだ。それから心理学の勉強を少しした。脳科学のことを勉強したり、心理学をベースにしたコミュニケーションの手法を勉強したりもした。」
 
 「え、じゃあリュウさん手品できるんだ。」
 あたしが聞くと、リュウさんは笑顔で、
 「うん、できるよ。ちょっとやって見せようか?」といってカードを使ったいくつかの手品を披露してくれた。
 
 「催眠術とまではいかないんだけどね、ちょっとだけテクニックで思考を誘導したり、行動を操作したりできるんだ。」とその手法についても説明してくれた。
 
 「手品とコミュニケーションテクニックを覚えてからは、僕は魔法使いです、とあえて宣言するようにした。俺の特別な能力は手品でカモフラージュして、よくできた手品だと思わせることができるし、未来を見る能力だってコミュニケーションテクニックだろうと思わせることができるから。男子校だったからかも知れないけど、手品で目立っても誰にも妬まれなかった。もっと早く気がつけば中学時代を無駄にしなくて済んだのに、と少し後悔してるんだ。」と屈託なく笑った。
 
 この笑顔にも魔力があるぞ、とあたしは思った。


#005を最後までお読みいただきありがとうございます。
#006は2/20(月)に配信します。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。


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