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みずいろ、雪の匂い

その人の手は淡い水色をしていた。ごくごく透明に近いつめたい色なのに、綿毛のようなあたたかさを孕んだ独特の水色。実際に層見えるわけではなく、その手を思い出したとき、水色で思い出すのだ。

手先を使う仕事をしているというのに傷ひとつなくつるんとしていて、繊細に動く指先から、様々な色や形が生み出される。「頭に模様の一部が浮かんできて、それを展開したら形になるんだよ」という、彼女独自の方法でこの世に産み落とされた幾何学模様や図柄は、余計な装飾がなく、どのラインも美しい。

冬だし寒いし、心が温かくなることをしよう。誰もいない大きなテーブルでコーヒーを飲みながら、どちらからともなく出たその言葉をきっかけに、わたしたちは一緒に創作をすることにした。彼女が作ったのは、たくさんの、たくさんの、雪の結晶のオブジェ。頭の中に浮かんだ図柄を円形に8つ並べるのだと言う。ぜんぶ色も形も違っていたが、どれも彼女の手と同じ冷たくやわらかな雰囲気をまとっていた。

わたしが合わせたのは透明なバスソルトで、氷のつぶのような岩塩に、雪の匂いをまとわせた。メインに使ったのはスペアミント。清涼感の中に、わずかにやわらかなぬくもりのある香りがするのが特徴である。あたたかさを内包したつめたい香りは、雪の結晶にも、彼女にも似つかわしい。

冷たい空気に雪の結晶、温い湯船に立ちのぼる冷たい香り。だれかの心をあたためる、ふゆのおくりもの。わたしたちは出来上がったものに満足して、お店の天井にたくさんの結晶を吊るした。お客さまにひとつひとつ選んでもらった結晶は、天井から外すとき小さく揺れて、はらはら落ちる本物の雪のようだった。

彼女のことを思い出しながら作ったミント風味の淡雪。淡雪(と名付けているが正式な料理名ではない)はすぐ溶けてしまうので、温かな季節には食べられない。冬しか食べられないとくべつ。あの雪の結晶も、わたしたちの、とくべつの「今」だった。同じものを同じ感覚で作ることは二度とできない。そもそも創作とは、どれもそういう刹那の固まりなのだ。机上の計算で作られたたくさんのものが受容される現代に反逆するように、その刹那が人の心を打つと信じて、今日も調理場に立つ。


スペアミント味の淡雪

●材料(2人分)
ドライスペアミント 大さじ1
砂糖 大さじ3
氷 100g


●作り方

  1. ドライスペアミントと砂糖、水50ccを小鍋に入れ弱火にかける。沸騰したら1分ほど煮出し、火を止めてそのまま2分おいて濾し、冷ます。

  2. 小さなミキサーに、1と氷を入れ、氷の固まりがなくなるまで回し、器に盛る。


●ポイント:
ミントは煮出してから少しおくことでより香りが出る。氷が砕けるミキサーがない場合は、1を水100ccに混ぜてバットに入れ冷凍庫に入れて時々かき混ぜながら凍らせると、舌触りは若干異なるが、ミント風味の氷菓ができる。

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