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ラベンダーの香りで思い出すこと、天職の話

「天職と思ったらそれが天職。」その人は言い放った。そのときわたしはまだ20代も半ば、会社勤めをしていて、自分の天職など知るすべもなかった。

会社の仕事の一貫で、ウエディングモデルをしたときの話だ。わたしが取り立ててモデル向きだったわけではなく、そのとき会社に居た年頃の女の子たちが持ち回りで担当していた。彼女はそのヘアメイクさんだった。

 
肌や髪の質感、モデルの個性、そしてもちろん着るドレスに合わせて、メイクやヘアスタイルを自在に組み立てる。彼女が選ぶ色に迷いはなく、見る間に顔周りが華やかになっていく。彼女の動きにも彼女を取り巻く空気にも1mmの無駄もなく、「まさに天職ですね、」と思わず声をかけたわたしに応えた一言だった。

ラベンダーの季節だった。真夏にはまだ早く、しかしきゅっと冷えた白ワインがおいしい、まさに過ごしやすい季節。その爽やかさとは裏腹に、わたしの心は鬱々としていた。仕事はやりがいがあったし、おいしい野菜や果物が容易に手に入る食環境も充実していた。多少のストレスはあったが、しかしそんなものは人生のどの段階においてもつきまとうものだと腑に落として、取り立てて不満もなく過ごしていた。けれども、わたしの頭のあちこちには円形の禿げができていた。

「ここは髪の毛ないから、大きな花を飾ろうね。」大抵の人はわたしのその部分を見て哀れみの気持ちを隠すように目をそらすのが常だったが、彼女は普通に”あること”として触れた。

「この仕事が天職っていう自分の確信だけはあったんだけど、最初はぜんぜんうまくいかなくて楽しくもなかった。サロンを何度か転々として、今の場所にたどり着いたときに、ようやく歯車があった。天職だからって、どこでもいいわけじゃない。場所や環境も重要。だけど、あなたが天職と思える何かがあるなら、それは天職だよ。」哀れみの眼差しを向ける代わりに、彼女はそう付け加えた。

その後しばらくしてわたしは転職し、そのまたしばらくして天職に出会うことになる。転機が訪れるたびに、彼女の言葉を思い出す。

今年もまたラベンダーの季節がやってくる。岡山ではこの時期でも容易に柑橘が手に入る。記憶の香りとわたしの今を重ね合わせて、ラベンダーの香りのサラダを作る。白ワインも冷やしておくとしよう。


柑橘のラベンダーマリネ

●材料:(2~3人分)
夏みかん 1個
新玉ねぎ 1/4個

A
塩 小さじ1/4
はちみつ 大さじ1
酢 小さじ2
ラベンダードライ 小さじ1/3

●作り方
夏みかんは皮をむき薄皮をとりのぞく。新玉ねぎは厚めの薄切りにして水にさらし水気をきる。Aを混ぜ合わせ、夏みかん、新玉ねぎと和える。

ポイント:
Aは予め混ぜ合わせておくと、マリネ液全体にラベンダーの香りがつき、お料理の仕上がりにまとまりが出る。夏みかんのほか、グレープフルーツやオレンジなどでも代用できる。

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