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お土産の焼き菓子さえパクチーの香りがした

何日も雨が続いている。都会の雨と違って田舎の雨は、しとしととやさしく木々を濡らし、憂鬱よりも先に穏やかな心地を連れてくる。どろんこ道も、水たまりも、長靴をはけばへっちゃら。これは、雨の日に弾んだ気持ちを抑えられず転げるように外に飛び出していく息子から教わったことだ。

しずかな雨には、煮込み料理がよく似合う。来る冬に“能動的に”備えている、という思い込みが充足感をもたらしてくれるし、部屋に満ちる湯気とおいしい香りは、冷えた身体と空腹、憂いや疲れなど、一日を過ごして溜まった色々が、これから癒やされることを保証してくれる。

いつ登場するのスパイス、とお思いの方も多いだろう。ここに旅情を加えてくれるのがスパイス、というわけである。大根が甘みを増してくるこの時期、頻繁に登場するのが八角で、今月は八角が主役。大根と豚肉もしくは鶏肉を、時間をかけて煮込んだ醤油味の煮込みに、八角を入れ、パクチーを添える。もともと昆布とにんにくで甘辛く炊いた母の十八番がこうしてアレンジされていく。

八角とパクチー。これは中華料理をはじめアジア料理に見られる組み合わせで、私にとっての由来は台湾だ。出張ではじめて訪れたそこは、街中が八角と香菜の香りに満ち、当時どちらも苦手だった私は辟易した。料理を頼めばほとんど100%の確率で、いずれかもしくは両方が入っている。避けられないと観念して、1週間の滞在中毎日食べ続けた。あれも11月。クリスマスのイルミネーションが灯り温かな空気に満ちていた台北の街を、異国の仕事仲間と共に歩き回った。実際、コートがなくても平気なくらい暖かかった。

仕事に明け暮れていた(そして田舎に住んでいた、今もだけど)当時、友人と遊びに出ることも少なかった私にとって、同世代の彼らと遊んだ数日間は、年相応に楽しかった。濃密な数日間。彼らは今どうしているだろう。SNSもまだこんなに普及する前だった。

帰り際、お土産にもらった焼き菓子さえほのかにパクチーの匂いがして、泣き笑いで手を振った。苦手だったはずの独特の香りのラベルは上書きされ、今は友を思う香りのひとつとして私の記憶に収まっている。

2017年11月 山陽新聞掲載


「大根と豚肉の醤油煮」

・材料(2〜3人分)
大根 1本
豚肩ロース肉 500g
しょうゆ 150cc
みりん 80cc
砂糖 大さじ2
八角 1個
生姜 1片
ねぎ(青い部分) 10cm程度
パクチー 適量

・下準備
大根は皮をむき3~4cmの厚さに切り、下茹でもしくは電子レンジで加熱し柔らかくする。豚肩ロースは食べやすく切る。

・作り方
鍋に豚肉を入れ、かぶるくらいの水を入れ中火にかける。沸騰してアクをすくったら20分程度弱火で煮込む。残りの材料と大根を加え、落し蓋をして1時間程度、肉が柔らかくなったら火をとめ、いったん冷まして味を馴染ませる。あたためなおして器に盛り、ざく切りにしたパクチーを添える。

・ポイント
肉から出たアクがまとわりついてしまうので、スパイスや香味野菜はアクを取り除いた後に加える。八角の強い甘い香りは豚肉の臭み消しと同時に旨味の補強もしてくれる。

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