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コロナ考3 小さな温かい診療所との出会い

そもそもコロナ感染の場合、特効薬も無いのに、何故こうまでして病院にかからなければならないのかというと、社会生活への影響があるからにほかならない。

現在厚労省で定める療養終了の基準は、コロナウィルス感染し、かつ症状があった場合、発症日を期日(0日)として十日の経過(および呼吸器症状が改善傾向になってから72時間経過)が必要とある。陽性と判明して初めて、症状が消えても自宅待機が義務となり、それまでの行動履歴や接触状況を見直して関係各所に報告、接触したと思われる人物に注意喚起することができる。つまり陽性判明が遅ければ、その遅れた分だけコロナウィルスは野放しとなり、市中感染の危険性が高まるというわけだ。


発症2日目の午後になって、ある小児科に電話が繋がった。東京都福祉保健局サイト上にある発熱外来マップで見つけただけの、正直、名前も聞いたことがないクリニックだったが、電話口に出た担当者はとても親身になってくれた。本日分の予約はもういっぱいで、でも明日なら取れる、という。さらに、

「でも、お子さんは今苦しんでいるのに、明日では遅いでしょうか。どうされますか?」

と優しい言葉。十数本電話をかけて、初めて我が子の容態を慮ってくれたのが嬉しかった。

地獄に仏とはまさにこのこと。私は一縷の糸に縋る犍陀多のごとく、即答した。

「明日の予約、ぜひお願いします!!」

ということで、翌3日目の正午の予約が取れた。


子供の熱は2日目の午後から下がり始め、クリニックの予約日朝には平熱に治まっていた。コロナじゃなくて、ただの風邪ならいいなあ、なんて淡い期待を胸に、地図を見ながら車でクリニックを目指す。

住宅の一角を診療施設にしたこじんまりとしたクリニックの扉には、白いペンキで「小児精神科」と書かれていた。他の小さな患者さんたちに伝染してはいけないと思い、予約時刻まで外で待機。受付は昨日の電話の方と違うようで、若い男性だった。先に私が入り、「本人を中に入れてもいいですか」と承諾を求めると、柔らかい物腰で「どうぞ」と答えてくれた。「当院は初めてなので、問診票にご記入ください」

10分ほど待たされて診察室に通されると、恰幅のいい、蓬髪の医師が眼鏡越しに微笑んでくれた。あらかじめ問診票を隅から隅まで目を通してくれていたようで、「検査結果に時間がかかるから、先に検体採取して、それから診察しましょう」と、淡々と言う。その声を聞いて、あれ、昨日の電話はもしかして先生だったのかな、と思う。そう、彼女は女性なのだ。

「まずこの検査で陰性だったら、次にPCR検査をします」

先生は抗原検査キットの封を自ら切って綿棒を取り出した。って、あれ?先生、手袋しててないように見えるのですが。それに、よく見ると、不織布マスクの上にフェイスガードも無ければ、防護服も着用してない。

そうか、精神科の先生だからか。いつもは、問題を抱える子供たちを安心させるため、手袋無しで接しているに違いない。習慣的にうちの子にもそうしてくれているのだろうけれど、なんだか申し訳ないなあ。


先生は指先で子供の鼻腔に入った綿棒をちょいちょいと回して、検査液の入った容器に押し込み、無造作に振った。

「じゃあ、ベッドに仰向けになって。痛いところがあったら教えて」

今度は両手を重ねて、直に子供の下腹部の皮膚を押していく。問診票に腹痛があったと書いていたからにちがいない。ただ普通の診察を受けているだけなのだろうが、丹念に調べてもらって、私は「ああ、有難いな」と涙がこぼれそうになった。捨てる神あれば、拾う神あり。こんな赤ひげ然とした正義の町医者が、まだ東京に居たのだ。

感謝と感動にうち震えていると、

「ああ、陽性ですね」

先生の一声で、現実に引き戻された。


そこからの動きが、また凄かった。

いつの間にか受付のお兄さんが書類の束を手に先生の背後に立っていて、受け取った先生が片っ端からサインをしていく。

忙しく手を動かしながら、

「保健所にはこちらから連絡しておくので、お母さんはこのハンドブックを読んで、療養生活に入ってください。大事なのはこれ。自宅療養サポートセンターの番号。何か困ったことや質問があったら、ここに電話して。これはフリーダイヤルで24時間対応だから大丈夫」

と早口で私に告げる。はい、はいとメモを取っている横で、同時に「体重は?」と子供に問いかけた。

子が「この何日かで、痩せてるかも」と、もじもじ答えると、「じゃあ、体重計に乗ってみて」とボールペンで後ろを指さした。幸いなことに以前とそんなに差異は無く、それを告げると、つかさず受付の方が一枚の紙を差し出した。

「薬局には、出口でお子さんを待たせて、お母さんだけで行くようにしてください」

それは処方箋。

カロナール(鎮痛剤)と、ラックビー(整腸剤)が処方された。


ゴッドマザーのような先生と有能な助手氏に何度もお礼を言って待合室に戻ると、ベンチの隅に中年の女性が一人、肩をすぼめて座っていた。彼女もコロナ疑いなのかもしれないなと思った。

診察にかかった時間はたぶん、十五分も無かったと思う。段取りがよく、すべてに無駄がない。だからこのクリニックは予約が取れるのだと確信しながら、帰途に着いた。


次回は最終回。療養生活を終えて思ったことをまとめます。

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