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市川沙央『ハンチバック』虫唾走る寡黙な日々に溢れ溢れる汚泥の汁を掻き集めて水蓮の花を咲かせる。せめて穴の中にと思いながら抽斗を眺める。読書感想文。

『ハンチバック』読んだ。買う前に冒頭数ページ捲って読んで買うのを躊躇うのやめた。エグい導入。一生賭けても書けない冒頭に嫉妬した。そして昂ったのも事実。男は精巣が、女は卵巣が機能していれば、その辺り人間は自由だから、共鳴を感じて性欲を刺激された。リビドーを求めて彷徨く一人の人間として彼女のルポは刺激的だと思った。それが一文字幾らの世界で切り売りされていたとしても彼女から滲み出る一雫は透き通った粘度があった。自分は彼女の様に努力していない。語彙がない。知ろうともしない。在るのに知る気がない愚鈍だ。彼女が一番嫌悪するそれと全く同じ類の人間。その事実が辛い。文章は冷徹で殺意に満ちていると思っていた。凄まじい悪意が其処彼処に散りばめられて捨て置かれていて、それは彼女に対する歴史や社会の扱いを表していて、旧優生保護法から解放に至るステップを躊躇いなく描いてみせる。政治なんて興味ないのに書く事を運命付けられている彼女は素晴らしい程に醜く自己を卑下する。そんな彼女がエロティックに感じられる瞬間と、自分のエゴイスティックな憐憫を掻き立てられる瞬間と、濡れた床を滑り転げる様に行ったり来たりさせられる。舐めてみたい。みたい。それは渇望なのか?分からない。資格がない。彼女はそういうけどそれは自分だって資格がないのだから。風船の様に膨らんだお腹をイメージして傾いた景色を眺めてるのかな?分からない。それが堪らなく辛い。辛くなる資格なんかないのに辛くなる。自分はMacBookもVRゴーグルも持ってない。ましてや彼女程の富がない。彼女だって思ってる様に自分は卑しい。だから、持ってない事を思って嫉妬する。語彙がない。エロスがない。心が去勢されて穴を見つけられない。だから、この小説を閉じた時に表紙の上に手を置いて一文字一文字に愛情を伝えたくなった。欺瞞。それでいい。温もりが伝わる様にじんわりと手のあたたかさが本に伝わってくれたらそれでいい。肌の温もりを求めるみたいに冷ややかな文字に温もりを与えたくなった。彼女の体躯を想像すると自己が不安定になる。蕩けるような文章に載った殺意を彼女を目の前にして包容することが出来るのだろうか?経験上それは無理だと思う。そうすると壊れてしまう。彼女も自分も。けれど、呼応する様な作品を書いてみたい。動いて立っていたって去勢されている存在はいるんだって事を伝えたい。マイノリティだと言い張るつもりはないけれど、この小説の為なら何処までもグレーになれる。照明に照らされててらてらと光る文体に希死念慮の内訳を綴ってみたくなる。そんな気分にさせられた。豊かだったらボロボロになるまで遊びのぼせ上がってやりたい。その気持ちは一緒だと思いたい。思う資格なんかない癖にそんな事を思う。欲動が何かを突き動かすとすれば、それはこれから起こる事象だろう。この小説が残す轍を無視できる訳がない。最高にエロティックだから。性の欲動をここまで肌理細やかに描写することは難しいから。魂を削りカスが集まって出来たEカップと流線のくびれは類を見ないと思う。数少ない読書体験しか持たない自分の言葉は空っぽで無価値で無意味かもしれないけれど、少なくとも言えるのは二十歳に読んだ「限りなく透明に近いブルー」よりもエロティックだった。それは間違いないと思う。村上龍は自分を歪ませた。市川沙央は自分を歪ませた。そういう時は性的嗜好が少しズレる。せっかくまともな人間を装っていたのにまたズレる。ピンクのネオンライトに照らされて落下するコンドームに嬌声を上げる存在に。なりたかった。願望はちょっとだけあったし今もある。何故なら見た目は普通でも中身は普通じゃないから普通に生きれないと思い続けながら生きてきたから。だから、いっそそのくらい享楽に身を捧げて生きてみたかった。心が濡れるくらい渇望した世界。自分のその部分を鷲掴みにされて何も感じない訳がない。自分もアルバイトライターになって斜のサイトで官能小説書いて発奮してみたいと、文才もない癖して、その辺りくすぐられて心が傾いてしまった。渇望。欲動。粘度。生きるのに必要な要素。消えてなくなりたいと思っても消えないから生きてるんだから色々願って生きていたい。貴方よりも多くを持っているのかもしれないけれど貴方程豊かな愛を自分は持っていない。リアルはいらない。活字の生々しさに惹かれるから。尊敬を口にすると瞬間それは無になってしまう。だから言いたくない。貴方は自分に宝物をくれた。それがどれだけ淀んでいたとしても蓮の実は根を張り必ず花咲く筈だから大事に胸に奥深くに植える。その行為が一番綺麗だから。もし生まれ変われるのなら涅槃を説く僧にでもなってこの小説を読み直したい。そうしたら少しはマシな感想が吐き出せるかもしれない。自分は堕落しきっていてマトモな言葉を持ち合わせていない。股の間に沈み込んだ虚しさの残りを確かめる様に太腿を擦り合わせながら、そっと本に手を置く事くらいしか出来ない。そうする事くらいしか出来ない。その事実が辛い。もっと享楽的な人間ならよかったのに。貴方の言葉に心くすぐられることしか出来ない自分が歯痒い。素晴らしい程に狂おしい性愛の一文字一文字。魂の喘ぎを有難う。

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