《創作童話》風のにおいとマル
これは、とってもハナがきくマルという小さなちゃいろの犬と、マルがであった、キツネのおはなしです。
その日も、いつものようにおさんぽにでかけたマルは、風の中に春のにおいがまじっていることに気がつきました。
「うーん、何だかいいにおいがする。春のにおいにちがいない」
そうして、ハナを上に向けたまま、どんどんにおいのする方へ歩いていきました。
やがて原っぱをぬけると、そこにはまっ黄色のなの花畑が、広がっていました。
「わあ、黄色いじゅうたんみたい!」
マルは、目を輝かせてお花畑の中へとびこむと、うれしくてぐるぐるとかけ回りました。
するとそこへ、一匹のキツネが、通りかかりました。トボトボと、うなだれて歩いています。 マルに気がつくと、立ち止まってたずねました。
「君はいったい何をはしゃいでいるんだい?」
「春のにおいをたどってきたら、ここについたんだ。ここには春の恵みがあふれているよ」
「春のめぐみだって? くだらないな。春になったって、いいことなんて一つもないさ」
キツネは、ふんとハナをならして、また歩きはじめました。
マルは、ちょこちょこと、キツネのあとについてあるきながら、いいました。
「でもねキツネさん、ぼく、ハナを上にむけて歩くと、いつもいいことが見つかるよ」
キツネは、そんなことがあるものかと思いましたが、プイっと顔をそむけるふりをして、そっとハナを上にむけてみました。本当のことを言うと、キツネだっていいことを見つけたかったのです。
ねえキツネさん、こうするんだよ。ホラ、もっと上にむけて」
キツネはマルの言う通り、ハナをぐいっと上にむけました。
「コンコンコーン」
ひとりでに声が出ました。
「ね? 風にのっていろんな匂いがするでしょ?」
キツネは、そういえば長いこと空を見ていなかったことに気がつきました。
このごろ心配事ばかりで、空をみあげることをすっかり忘れていたのです。
ハナを上に向けて、じっとうすい水色の空を見ていると、キツネの目からなみだがあふれてきました。空だって風だって、大好物の野ネズミだって、ずうっとそこにあったのに、それさえ忘れていたなんて。
「ぼく、冬に子どもを病気でなくしたんだ。それから一度も空を見ていなかったよ」
キツネは、雪の中にうめた子どもを思い、あの子は春をまたずにいってしまったと、また悲しくなりました。
早くに母おやをなくしたその子は、父おやのキツネとふたりで、いつもいっしょに、ふざけていました。お父さんのことが大好きな、とてもかわいいい男の子でした。
その時、とおくから、コーンコーンというなき声が、聞こえてきました。
「え? あれはコン太郎? いや、そんなはずがない」
キツネは、もう一度耳をすませました。
「コーン、コーン」
確かにコン太郎の鳴き声です。キツネは、むちゅうで声のする方にむかって走り出しました。
「キツネさん、まってよ。どこへ行くの?」
マルも、キツネの後について走りだしました。
キツネは走りながら、あの子にもう一度会えたら、タンポポの野原で、いっしょにおひるねしよう、と思いました。あたたかい野原で、ころげまわってあそぶ、コン太郎のすがたが目にうかぶようでした。
「コーン、コーン」
けれども、走っても走っても、コン太郎のすがたは見えません。
それどころか、声はだんだん遠くへ、離れていくようでした。
やがて暗くなった空から、ポツポツと雨がふりはじめました。キツネは、それでもひっしに走り続けました。
森の中をぬけると、空が少し明るくなってきました。
走りつかれたマルが、ふと空を見上げると、そこには、見たこともないほど大きなにじが、くっきりと空にのびていました。
「キツネさん見て! にじが出ているよ」
キツネは、ハアハアと息を切らして立ち止まると、空を見上げました。
コン太郎の声は、もう聞こえません。けれども、雲のすきまからさした一すじの光が、にじまで伸びているのをみたキツネは、ハッとしました。
コン太郎は、にじが大好きで、大きくなったらにじの橋をわたって、お空に行くんだと、いつも話していたのです。
「コン太郎…」
キツネは、コン太郎が、空にたび立ったことを知りました。
キツネとマルは、しばらくいっしょに、にじをながめていました。
やがてにじは、少しずつうすくなって消えていきました。
「ねえキツネさん」
マルが言いました。
「これから、つらいことがあっても上を向くのを忘れないって、約束してくれる?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、キツネさんの好きな春の恵みは?」
キツネは、ハナを上に向けて、クンクンと風のにおいをかぎました。
「うーん、油ののった野ネズミのにおいがするぞ」
キツネは、しっぽをフワリともちあげて、ニヤリと笑うと、いきおいよくかけだしました。
マルも、キツネの後を追って走りましたが、キツネの姿はどんどん遠くなり、やがて見えなくなりました。
見上げると、空にはキツネの形をした大小の雲が二つ、まるでおいかけっこをしているようにプカプカとうかんでいました。
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