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《ドMの晩酌:第11夜》 戦時中の女学生

パートナーに求めること

最近、息子たちとの早歩きでの散歩やジョギングを日課にしている。

我が家にしては珍しく1ヶ月以上続いているので、ここは力強く「日課」と書いてみた。

9月以降、息子たちがオンライン授業を選択している(というか、タブレットでオンライン授業を映しながら、引きこもり生活を楽しんでいると言ったほうが正確かもしれない)ため、彼らはずーっと家にいる。

そして授業が終わったら終わったで、引き続き家の中で放課後タイムを楽しんでおり、放っておくと、本当に一日中家にいる。やることがなかったり、遊ぶ相手がいないから、家でダラダラしているならやりようはあるが、彼らは思いっきり家での遊びを楽しんでいるので、外に連れ出すことは超難易度が高い。

一方、私は自宅でまったり過ごすことも好きだが、1日1回くらいは、軽く体を動かし発散したいタイプ。その方が罪悪感なくビールが飲めるし。

かつては通勤中の早歩きでそれを満たしていたが、リモートワークが常態化し、さらには今夏に退職したりで、日常的に体を動かす機会が無くなってしまい、発散どころか体力が著しく低下しているのをひしひしと感じていた。

やばいな、8時間寝ないと体がもたない。
何かしなれば。

しかし、私はかなりの三日坊主タイプなので「自分の体力増進のため」なんて美し過ぎる理由では失敗が目に見えている。

だからこそ「息子たちの健康のため」という、子育ての上で最も優先順位が高い理由をくっつけて、自分の願いに彼らを付き合わせているというのが実態だ。

息子たちよ、ごめんね。
そして、毎日ありがとう。

*******

私は子供の頃から歩くのがかなり速い方だと思っている。

「ノリコさん、歩くの速いですね」
「そう? 気がつかなかった」
といった無意識的なことではなくて、意識的に速く歩いている。

逆にゆっくり歩くことの意味がわからない。

腿の裏が軽くピリッとするくらいの大股で歩き、向かいから歩いてくる人を早めにチェックし、自分が速度を落とさず直進できるルートを確保。そして、遠くの信号を見ながら、赤信号で歩みを止められるのではないかとハラハラする。その可能性が高いと判断すれば、当然ダッシュで青信号に滑り込む。

この私流の早歩きに共感できるというだけで、きっと私は、その人のことをかなり好きになるだろう。

もっと言うと、パートナーに求める必須条件にしたいくらいだ。

しかし、私流の早歩きを妨げる3つのものがある。

それは、かなりの人混みと、親しいけれど歩くのが遅い人。
そして「スカート」だ。

私は、中学時代のセーラー服と冠婚葬祭の場を除き、スカートとは無縁だった。

私にとってのスカートは「女の子っぽい」とか「女性らしさ」の象徴であり、自分の中にそれを取り入れることはダッシュで逃げたくなるくらい嫌なことだった。

それに例の早歩きや自転車に乗る妨げになるし、足がスースーするというデメリットもある。そもそも、私の母親が熱烈に娘にスカートを履かせたいというタイプでもなかったし。

しかし、他人に甘えることなく何でも自力で乗り越えようとするドMな生き方が、自分の幸せを遠ざけていたのだという事実に気づいた頃から、これとは真逆の象徴であるスカートを避け続けているのも、どうなんだろな、と思い、取り入れるチャレンジをすることにしたのだ。


履くことによって例の早歩きが封印されるつまらなさもあるが、思ったより悪くない。時を同じくして「手伝って」とか「できない」という言葉も、以前より抵抗なく言えるようになった気がしている。

スカートによって人間的成熟を促されているって、どーゆーこっちゃ。


閉店時間を迎える前に

さて、今日の晩酌もキンッキンに冷えたアサヒスタイルフリー。それを、ぬるくならないように缶専用のマグにスポッとはめる。つまみは「こんにゃくのピリ辛煮」

私はこんにゃくが大好物だが、まともに煮ると結構時間がかかる。日中は子供たちの食事の準備に追われているため、夜のつまみを悠長に準備する発想は浮かばない。仮に昼間につまみを作ってしまったら、その場で飲みたくなる気持ちと格闘すること必至だ。よって、つまみの準備は晩酌の直前に行うため、手早くできるものでなくては困る。

しかし、そんな私に救世主が現れた。

西健一郎氏の「にほんのおかず」(幻冬社)を読み、これなら!という作り方に出会って以来、こんにゃくはつまみとして頻繁に登場するようになった。

作り方は簡単で、こんにゃくを一口大にちぎり、フライパンで強火で乾煎り。表面に焦げ目がついてきたら、酒、醤油、赤唐辛子を加えて水気がなくなるまで煎るだけだ。

中まで味が染みているわけではないが、外側がかなり濃い味のため気にならない。さらに低カロリーだし、最高、最高。

飲みながらスカートのことを考えていると、中学時代に不思議な事件があったことを思い出した。

スカートを心底毛嫌いしていた私だが、あの時ほどそれを欲したことはない。

*******

当時、中学1年生だった私は、学校から帰宅し、鬼軍曹の母親が仕事から帰るまでの貴重な時間をエンジョイしようと、いつものように近所の親友の家に向かうべく支度をしていた。

私が通う中学校は、体育のある日は学校で着替えはせず、登校時からジャージ着用がルールだった。

その日も体育があったためジャージ姿だった私は、部屋で普段着に着替えようとパイプハンガーにかかっているジーパンを手に取った、すると、通しっぱなしだったベルトが付いていない。自分の勘違いかもしれないと辺りを探し始めたその時、さらなる違和感が私を襲った。

ジーパンの隣にかかっていたセーラー服のスカートだけが無くなっている。

物の管理はしっかりしている私だったので、理由がわからず混乱した。

そうこうしているうちに痺れを切らした親友が迎えにやってきて、「ベルトとスカートが無い」という訳のわからないことを訴えている私に、彼女は「泥棒なんじゃないの?」と言った。


そもそも家の鍵は閉まっていたし、そんなおかしなヤツいるわけがないと言い返す私を置いて、彼女は家中の窓をチェックし外に出て行った。

そして「ノリコ!犯人はここから入ったんだよ!」と私を呼んだ。


家の外に出て隣家と接する裏手に回ると、花壇を囲んでいたブロックが引き抜かれ、それが壁に沿って階段のように積まれていた。我が家では換気のために風呂場の窓を開けていることが多く、犯人はここから侵入したようだった。


「結構小さい窓なのに、よく入れたな」

と2人で感心してしまったが、本当に空き巣に入られたのだと理解し、リビングや両親の寝室など被害状況を確認すべく見回すも乱れた様子はなかった。


私の母は病的にキレイ好きな人で、家具や小物の位置がずれていることを心底嫌っていたため、彼女の機嫌を損なわないために私もあらゆる配置を熟知していたから、他人が物色しようものなら、絶対にわかる。

ということは、被害は私の部屋だけなのか。
本当にワケがわからない。

ぼやきながら自分の部屋を事細かくチェックしていくと、5色セットの蛍光マーカーの黄色だけが、ない。カセットテープのいくつかが、ケースはあるものの中身だけが、ない。


このように、金目とはまったく無関係の、だらしない人だったら全く気がつかないような細々した物が、ほかにいくつも無くなっていた。

念のため書いておくが、下着には全く手がつけられていなかった。

どうしよう。

上はセーラー服、下はジャージで登校するのか、ワタシは。
それじゃまるで、戦時中の女学生じゃないか。

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仕事から帰宅した母親に状況を伝えると、母は慌てて「どうしよう!金目のものが盗まれていたら!」と家中を確認し出した。

「母さん、大丈夫ですよ。私はあなたがヘソクリを隠している場所も知っているけれど、そこも無事でしたよ。」
と心の中で呟いた。

(母さん、そんなことよりも、早く制服のスカートを買ってください)

そして母は警察を呼んだ。
すぐに駆けつけてくれた警察官に状況を説明すると、被害届用紙に、強い筆圧で「制服のスカート、ベルト、黄色の蛍光ペン、○○というラベルが貼られたカセットテープ・・・」と記入している。

その文字を見て私は申し訳ない気持ちになった。どの物もネタとして小さ過ぎる。どうせなら、もっと被害者と同情されるネタでお世話になりたかった。

黄色の蛍光ペンごときで大騒ぎしている一家だと思われたらどうしよう。

だが母は、警察官に事情を話す私の様子を当然だと言う表情で見守っていた。


(・・・母さん、そんなことよりも、早く制服のスカートを買ってください)


警察官とのやりとりが終わると、私は母がなぜか怒っていることに気がついた。

恐る恐る彼女のそばによると「オマエがフラフラしているから、目をつけられたんだ!」と怒鳴ってきた。

そこは強く否定した私だが、彼女の気が済まないのだろう。私を座らせコンコンと説教をし始めた。


どんな風にフラフラすればスカートとか、ベルトとか、黄色の蛍光ペンとか、カセットテープが盗まれるっていうんだろう。母さん、逆に教えてくださいよ、と心の中で呟きながら彼女の怒りが鎮まるのを祈る。

だって、早くしないと制服を取り扱うお店が閉まってしまう。

でも「フラフラしていない」というのは嘘だな、とぼんやり私は考えていた。


隠れた弱点

私の両親は夜の10時には床に就いていた。しかも寝たら朝まで全く起きないタイプだった。

私は、母親が仕事から帰宅し寝るまでの間、基本的には彼女の機嫌を維持するために、家事を手伝ったり、父親との間を取り持つことに力を注いでいたため、両親が寝ると、まるで仕事が終わったかのような開放感があった。

この貴重な時間をもっと楽しむために、実は毎晩、親友(ドMの晩酌:第二夜「ドMのバイト ラーメン屋編【前編】に出てくる、レジに1010円を100万10円と打っちゃう人)の部屋で深夜まで過ごしていた。

リビングの電気が消えていることを確認すると、私は階段を降り、玄関そばにあるトイレの水を勢いよく流す。この流水音が鳴っている間に、細心の注意を払って玄関の鍵を開け家を脱出する。

親友は私の家から50メートルほどの場所にあり、2階の彼女の部屋の窓は通りに面していた。最初は小石を投げて合図をしていたが、うまく当たらないことが多かったために、彼女の家の物干し竿を引っこ抜き、それで彼女の部屋の窓を叩いて合図し、家の鍵を開けてもらった。

そして互いに持ち寄ったお菓子を食べながら、深夜番組を見たりお喋りし、眠くなったら帰宅する。何が面白かったわけではないが、彼女との時間が私の唯一の癒しだったのだ。

この遊びは高校を卒業する頃まで続いたが、一度も互いの両親に見つかることがなかったのは、今考えると奇跡的だ。

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お説教が終わると、「もう、遅くなっちゃったじゃない!」と言いながら母親は夕飯の支度を始めた。

そして「今日は仕事が忙しかった、私は仕事もして家のことも全部やって、まるで女中よ。」という年がら年中聞かされている愚痴を言う。

私は自分にプログラミングされているお決まりの言葉を使って、全力で共感していく。

お次は「でもさ、ノリコ、お母さんって全部ちゃんとやっていて偉いと思わない? こんなこと、なかなかできないわよ。」という恒例の承認欲求タイムが始まる。

当然、私はここにも全力で共感していくが、時間が気になって仕方がない。

(・・・お願いだから、母さん、早く制服のスカートを買ってください)

母は数日後に制服のスカートを買ってくれた。

それまでの間、親友が貸してくれたお古のスカートで凌いだため、私が最も恐れていた「戦時中の女学生」スタイルを回避することができた(んな格好、するわけないけど)。

それよりも、私は、空き巣の犯人が見つからなくてよかったと思った。

だって、あんな細かい物ばかりを盗んだことが周囲に知れ渡るなんて、もしも私が犯人だったら恥ずかしくって生きていけない。

そして、私が犯人の正体を言いふらしたということで、それこそ危険な状況に陥ったかもしれない。

きっと、私に対して強い悪意か好意を持っていて、お風呂の小さな窓から侵入できる身軽な体型で、私の想像を超える大胆な発想を持った人だったのだと思う。

そして、驚くべきことに、物をきれいに揃えて所有しておきたいという私の隠れたこだわり(弱点)を、犯人は熟知していたのかもしれない。

だって、蛍光ペンとかカセットテープが無くなったことの方が、ボディブローのように効いたもの。

ノリコ13歳

いずれ息子を授かり、彼らによって頻繁に物を隠される地獄が訪れることに、当時の彼女はまだ気がついていない。


(イラスト:まつばら あや)


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