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《ドMの晩酌:第四夜》 女囚ノリコ

ドMな誓い

私には十歳と八歳の元気すぎる息子がいる。
正直、私は子供好きな人間ではないし、母親業よりも仕事の方が好きな人間だ。

そんな私でも、子供を育てる上で努力し続けていることがある。
いや、努力というよりも「誓い」と言ったほうが合っているかもしれない。
この誓いを破ったら、とてつもない罪悪感が襲ってくることを私は知っている。

その誓いとは、彼らに対して「誠実さ」と「正直さ」を徹底することだ。

例えば、彼らが幼いからといって、自分に都合の良いように誤魔化したり、嘘をついたりはしない。言葉のチョイスは彼らのレベルに合わせるものの、正直に話す。そして、頭の中では別のことを考えながら、口先だけの、それっぽい応答をしない。

かつて数回、自分が疲れている時や機嫌の悪い時にこの誓いを破ったことがある。

その直後、彼らに自分のやましさがバレてはいないかと、怖くて怖くて仕方がなかった。

こんな思いをするくらいなら、どんな時であろうとも、このスタイルをドMに貫く方がよっぽどマシだ。

病的とも思われるかもしれないこの誓いの起源は、私と両親との関係にある。

しかし、今夜それについて思いを巡らせてしまったら、ビール3缶では足りなくなるので、いつかの晩酌ネタにとっておくことにする。


シャンプーしたかどうかもわからない

さて、私と息子たちの関わりに話を戻すことにする。

つい最近、約五年もの間続けてきた私と息子たちとのある遊びが終わった。
理由は、息子たちもかなり体が大きくなってきたし、二人だけでお風呂に入ってもらうことにしたからだ。

その「ある遊び」とは、三人の入浴時に行う「ごっこ遊び」だ。

毎回、長男か次男のいずれかが「ごっこ遊び」のテーマと配役を決め、お風呂が終わるまでの間、基本的には言葉だけで進めていく(洗いながら進めるため、動作を入れることは勘弁してもらっている)

ストーリー展開は息子たちに任せており、私は、ただ必死に空気を読みながら「誠実に」リアクションしていく。

このリアクションが息子たちの新たなインスピレーションにつながることもあるが、「お母さん、ちょっとそこは○○って言ってよ」とダメ出しも食らうことも多く、なんとか楽しい流れにしようと、自ずと私の心拍数は上がってしまう(お風呂の中だから当然かもしれない)。
 
長年続けてきた「ごっこ」には、様々なテーマが用いられた。

動物もの、ヒーローもの、お仕事系、家族ドラマ・・・数え上げたらキリがない。

日記にでも残しておけば良かったと思うが、あいにく私にはそのような習慣は一切プログラムされていない。

私の記憶が消えてしまわないういうちに、今夜は二つの「ごっこ」ネタについて思い出していくことにする。


数々の作品(ごっこ遊び)の中で、一番シリーズ化したのは「ファーストフード店ごっこ」だったと記憶している。

長男八歳、次男六歳の時の作品で、とあるファーストフード店を舞台に展開する少年のサクセスストーリーだ。

息子たちは、それぞれ自分自身を演じ、私はというと、「母親、店長、同僚の斉藤、同じく同僚の小林、新人の佐々木」の、なんと五役だ。

私が得意とする二重人格をはるかに上回る能力を発揮していかないと、これは演じきれない。
しかし、ドMな私は、監督の指示に当然二つ返事だ。

長男の役柄は、高校生に入学したものの家計を助けるため、店に週五日出勤し、学校は週一回、四時間だけ通うことを許可されている働き者の少年だ。

私はシングルマザーだが、息子たちにひもじい思いは一度だってさせたことはないつもりだ。

しかし、ここは疑問や屈辱的な気持ちをグッと抑え、演技に集中するしかない。

本店と支店は徒歩圏内にあり、店長(私)は本店の仕事が忙しいため、長男に支店を任すという設定だ。

次男は兄思いの優しい小学生の設定で、兄を心配して支店に訪れては、ちょっとしたお手伝いをし、店長、同僚の斉藤、同じく同僚の小林、新人の佐々木に褒められるという美味しいばかりの役柄だ。

最初のうちは、突然の団体客にも動じることなく対応する長男の話が中心だったが、数日後には、来シーズンの目玉商品を企画する研修旅行に出かけたり、店舗対抗の剣道大会で見事優勝する設定も登場した。

私の想像を軽々と超えるストーリー展開と、一人五役を演じきる(声色ももちろん変える)大変さから、私は毎晩のように、今、どこまで洗い終えたのかを見失い、意図せぬ髪の二度洗いをしてしまったことは、言うまでもない。


厳格な刑事

次の話は一話(つまり一夜)完結のごっこだが、私の度肝を抜く作品だったため、ここに紹介する。

先ほどの話から一年遡る、長男七歳、次男五歳の頃の作品だ。

配役は、長男が「彼自身」と「刑事」という、珍しく一人二役を演じ、次男と私はシンプルに自分自身を演じるという、非常に楽な役回りだと、この時は思った。

このごっこは、またもや貧しい母子家庭の設定で(何度も言うが、決して私は息子たちに貧しい思いをさせていないと、強く言っておきたい)、母である私は、息子たちに美味しいものを与えようと、つい万引きしてしまうところから話はスタートする。

長男はどこでこんなストーリーを仕入れたのか。
気になるところだが、ここはぐっと我慢だ。

スーパーで刑事さん(長男)に捕まり、必死で許しを乞う私。
長男は厳格な刑事役のため、私の懇願には一切耳を貸してくれない。
せめて息子たちに一目会ってから刑務所に入りたいとお願いするも、当然聞き入れてはもらえない。

現行犯で捕まったら、即刑務所行きなところが可愛いなー。
この時まで、私はそんな気持ちだった。

その後、刑務所には十年ほどお世話になったと記憶している。

私が必死におつとめをしている間、「お母さん、いつ帰ってくるかな(次男)」とか、「お兄ちゃんがいるから大丈夫だ(長男)」とか、これが現実だとしたら耐えられない会話を私の横で繰り広げている。

私の目から涙が出るのは悲しいからなのか、それとも、シャンプーが目に入ったからなのか。

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そんなことを続けているうちに、場面は、私が晴れて出所する日に変わる。

私を逮捕した刑事さん(長男)がやってきて、こう言った。

「もう、こんなことをしちゃいけないぞ」と。

不本意ながらも私は演じ続ける。


「はい! もう二度とこんなことはしません! 」 

とりあえず、こんな感じでノッていけばいいかな?
そう軽く構えていた。

すると、長男はとんでもないセリフを言い始めた。


「安心しろ。あれから十年、オマエの息子たちは俺が立派に育てておいた。これからは家族三人で仲良く暮らすように。」

予想を上回る展開に、どこを洗ったのかすら、わからなくなっている私。

「それから、またオマエが犯罪を起こさなないように、体にマイクロチップを埋め込む手術を今から行う(首筋に手術するフリをする長男)。」

もう、私の頭は、真っ白だ。

「これで完了だ。俺は毎日GPSでオマエを監視しているからな。今度こそ真面目にやるように。」と、長男は厳格な刑事らしく言い放った。

私は、わずかに残る気力を振り絞り「刑事さん、ありがとうございます」と言ったのち、息子たちと抱き合い、ごっこは終わった。長男は今夜のごっこに、えらくご満悦だ。

次男は理解していなかったと思われるが、最後のハッピーエンドのシーンが気に入ったらしく、「良かったね! 良かったね!」を連発していた。

このごっこを終えた日から、私は長男のことを密かに心配し続けているが、今のところ小学生らしく日常を送っている。

となると、実は我が家が貧しいことに私だけが気づいていないと言うことなのか。それとも、私が不真面目すぎると長男が遠巻きに批難しているのか。


五年経った今も、あれが何だったのか全くわからない。
数年経ったのち、彼らにこのことを問うてみたが記憶がないらしい。


この流れで上手いこと言うならば、「この事件は迷宮入り」。

と、まとめて今夜の晩酌を終えることにする。


(イラスト:まつばら あや)

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