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カミングアウト・レターズ

昨年、Eテレ「理想的本箱 君だけのブックガイド」で紹介されてから
ずっと読みたいと思っていた。カミングアウトをふり返る、あるいはカミングアウトする手紙と、それに対する返事が収められた一冊。

番組でも語っていたが、昌志さんのお母さんの手紙が素晴らしい。
息子にカミングアウトされた時の恐怖。
そういうことにあまりにも無知であった自分への怒り。
小さかった息子がした覚悟や諦めに気付いてやれなかった後悔や悲しみ。
その思いを抱えたまま、息子の好物だったインゲン豆のたくさん入った肉じゃがを作るところはほとんど小説である。

誰かに万感の思いを伝えようとするとき、ひとはこんなにもすごい
文章が書けるものなんだろうか。
それとも普段からよく文章を書く方なんだろうか。

そして息子に(多分自分と家族に対しても)送るエールが秀逸。
「あなたはお母さんを育てようとして、私のところに生まれたのかもね」
「当たり前でない人生は、豊かなんです」
「たくさんのものを見なさい。その中で覚えておきたいものだけ、胸に残しなさい」
「悲しみに前で足を止めるのでなく、どんな世の中でも生き抜く強さを持ちなさい」
「優しくしたたかでありなさい」
「涙を枯らさず、笑顔でいなさい」
「そして長生きして、世の中が変わるところを見届けなさい」
「家族の誰の思い出のなかにも、生まれた時からの、あなたがいる。だから大丈夫」

自分が大切に思う人からこんなエールを送られたら、
後はもう、世界中から無視されてもなんとかやっていけるんじゃないだろうか。

「春野先生から侑子さんへ」の手紙で春野先生も述べている。
「自分の身近な人間関係が愛と信頼でがっちり結ばれていれば、
自分を異端視する外界に踏み出る勇気と力が与えられるような気がします」
そしてそのコミュニティは、「その中で守られて一生を送る城塞ではなく、
社会に出て行くための充電基地として機能させるとき、コミュニティ自身が最も充実するのではないかな」と。
家族というコミュニティのあり方や、大切な人を守りたいけど具体的には何もできないときに何を伝えればいいかを考えさせられる言葉だ。

何か大切なことを告白された時、どう答えたらいいのか、どんな態度をとればよかったのかと思い煩うことがある。
渡辺さんはこう書いている。
「(カミングアウトした時に)
”おおカミングアウトされた、そうか、きみがゲイであることはオーケイだ、さあ気分すっきりだ、ねえところでもう次へ行こうよ、お腹が空いた”
そういう態度はぼくにはたまらなく不快だ」

カミングアウトされた側のこの感じ、なんとなくわかる。
たぶん彼や彼女らはゲイに対してあまり偏見がない。
もしかしたら、「君がゲイだとしても、私たちの関係は何も変わらないよ。そんなことは私たちの間では、取るに足らないことさ」」と思っているのかもしれない。
だから、つっこんでその話をするのではなく、なんでもないことのように振る舞ったのかもしれない。

でもそれは、渡辺さんがどれほどの恐怖や葛藤を乗り越えていま、
「あなたに」カミングアウトしたのかをわかっていない。
もしゲイであることがなんでもないことだと思うならば、
「君がゲイであることは私たちの関係になんの差し障りもない」
ということをきちんと伝えなければならない。
「体にいいから食べてたけど実はトマトが嫌い」とか、「関西弁喋ってるけど、実は東京出身」とか、そんなことを言われたのとはわけが違う。
カミングアウトする相手として選ばれたことに感謝と誇りをもって、
真摯に向き合わなければないけない。
これで関係を切られるかもしれない、それでもこの人と新しい人間関係を作っていきたいと、勇気をふりしぼって「わたしに」カミングアウトした渡辺さんの信頼に「わたしは」ちゃんと応えなければ成らないだ。
言葉で伝えるって、やっぱり大事だ。

LBGTの家族の座談会には、息子がゲイだといことを頭ではわかっていても、どうしても納得できない母親も出席している。
一緒に出席している娘さん(男性の妹)はお兄さんのことを受け入れていて、これは世代によって受けてきた教育や得る情報が違うところも大きいのかなと思う。
そのまま受け入れてあげたいのに、それができないお母さんは本当に辛そう。そして、大事な人にそんな思いをさせたくないがゆえにカミングアウトしない人たちもたくさんいるのだろう。
それを思えば、カミングアウトのハードルがどんなに高いかを改めて思い知らされる。
それでも、自分のままで生きて行くために、少しずつでも世界が変わって行くために、この本が書かれた。
長生きして、世の中が変わるところを見届けようじゃないか。

いろんなことを考えさせられた。読んでよかった。











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