見出し画像

クルド人はなぜトルコに対しデモを行うのか

クルド人はなぜトルコに対しデモを行うのか
日本では、中東問題に無関心なこと、トルコが伝統的親日国であること、から世界で注目されるクルド問題の解説が行われてこなかった。日本在住のクルド人が行う抗議運動も、多くの日本人からすれば理由が理解できないと思われる。トルコのクルド人弾圧の背景と、ここ一年でエルドアン政権が行ったクルド人政治運動への弾圧について、簡単な紹介をしたいと思う。

・トルコ建国の原罪クルディスタン併合
トルコという国にとってクルド人がどういう存在を理解することが、まず昨今のトルコにおけるクルド人の状況把握に欠かせない。トルコは他の中東諸国と同じく多民族国家である。第一次世界大戦後の新生トルコ共和国は、この実態を無視し単一民族国家であるとした。これは英から独立したインドが、多様な民族・宗教があることを認め、インド憲法を認める者を「インド人」と規定したのと対照的である。トルコは多民族国家といっても、トルコ・チェルケス系とクルド系トルコの二大民族集団に大別される。クルド人が、民族国家をもつに足る集団であることは、現在の中東諸国の国境線が確定された当時の列強諸国も理解していた。第一次世界大戦後の戦後処理の一環として取り決められたセーブル条約においては、メソポタミア、シリア、アラビアのトルコ領離脱は勿論のこと、クルディスタン、アルメニアに大きな領土が約束されていた。これを不服として「祖国救済」に立ち上がったのが、トルコ建国の父ケマル・アタチュルクである。彼はギリシャ軍のアナトリア侵攻を好機として、これをクルド人の力も借りて撃退することで戦後交渉の再開を勝ち取る。その後連合国と結ばれたローザンヌ条約では、クルディスタンは消滅することになった。トルコ人にとってクルディスタンは、オスマン帝国の領土が分割されていく中で、火事場泥棒的に確保できた数少ない領土なのである。トルコ人がクルド人を敵視するのには、クルディスタンを認めることで国土が二分されるという潜在的危機感がある。

(アナトリア半島の陰になっている部分がクルディスタン 出典:Wikipedia)


・エルドアン政権の所業
エルドアンは、かつてトルコから分離独立を掲げて闘争をしていたクルディスタン労働者党(略称:PKK)との交渉に乗り出したように、クルド人に融和的と見られていたこともあった。というのも、エルドアンはイスラム主義者であり、同じムスリムとしてクルド人との融和を考えていたからである。しかし、トルコ・クルド対立の歴史を、エルドアンのイスラム主義如きで終わらせられるはずもなく、結局クルドとの戦争でトルコ人の団結を図る危険な道へ進むことになった。エルドアンが去年からクルド人への実力行使に乗り出したきっかけは、クルド系政党の議会における躍進にある。クルド系政党・人民民主党(略称:HDP)は、2015年6月の議会選挙で大勝したことである。大国民議会の一角にクルド系政党が堂々と地位を得たことに、エルドアン及び軍・ムハーバラートは恐怖を感じたに違いない。エルドアン支持者は、HDPとその支持者に対する嫌がらせを行ってきた。

(アンカラにあるショップが「HDP支持者お断り」の貼り紙を入り口にしていたのがSNSを通じて拡散された。)
仮に日本で、在日朝鮮人、中国人お断りという貼り紙が商店にあったらどうなるか。とんでもない差別問題になるだろう。トルコは、クルド人差別は問題にされないどころか奨励すらされるのである。
エルドアンが裏で糸を引いていたのかどうか、確実な証拠はないものの、HDPを狙ったテロ行為も頻発した。選挙前2015年6月5日には、ディヤルバクルで行進をしていたHDP支持者を狙った爆弾テロが発生した。

(直後の事件現場 出典:DHA Photo)
これはIS関係者を名乗るものによって行われたとされるが、各方面からHDP躍進を危惧したエルドアンの差金ではないかと疑念を持たれていた。トルコ最有力紙が、そのテロ事件について、容疑者が野放しにされていたことから、政府とISの関係を示唆したことは象徴的だった。[hurriyetdailynews.com,2015/6/7]
HDPへの嫌がらせや、テロ行為が功を奏さないことに業を煮やしたエルドアンは、とうとうPKKに全面戦争を仕掛けるという挑発に出た。9月3日には、議会で新たにシリアとイラクで軍事作戦を行うための法案を通し、PKKと本格的な戦争を始めることになった。[hurriyetdailynews.com,2015/9/3]その後もトルコは、平和的なクルド人の権利要求に対しテロで臨んだ。
11月の選挙が近くなってきた10月10日、またしてもHDPの集会が爆弾テロに襲われた。この集会はHDP他クルド系政党・政治団体が参加したもので、デモ内容はトルコ軍とPKKの暴力の応酬に対する停止要求であった。もちろん参加者の暴徒化もなく平和的に遂行されていた。これもISが犯行声明を出しており、テロ行為による選挙運動妨害の意図があったのと思われる。

(爆発が起きた瞬間 出典:bbc.com)
「PKKはテロ組織ではない」と発言したクルド人弁護士が、暗殺されたこともあった。これは集会に参加した当弁護士を、白昼堂々銃撃するという爆弾テロ以上に大胆な方法で、警護の警官のやる気のない応戦ぶりにクルド人の非難が集まった。

(クルド人弁護士暗殺の瞬間 出典:hurriyetdailynews.com)
囁かれるエルドアンとISとのつながりは、決して陰謀論ではなく、以上のような状況証拠が多数あることから多くの人に信じられているのである。トルコではシリア内戦が始まっても、ISのがシリアで台頭しても大きなテロ事件は起きてこなかった。クルド系政党が躍進した途端にISのテロが起きるようになったというのは、治安担当者から然るべき説明がなければ、エルドアンの関与を疑われても仕方ないであろう。


・シリア難民の差別と対クルドへの利用
トルコにおいて民族差別は極めて日常的なことで、クルド人だけが敵視されているわけではない。トルコに住むシリア難民が、トルコ人から不当な扱いを受けていることは既に広く知られている。ヨーロッパにおいても、シリア難民は現地社会との軋轢を引き起こしていると、反論されるかもしれない。それは、宗教、生活習慣の違いによるところが大きい。トルコ人とアラブ人は確かに習俗は、異なるが宗教は基本的に同じあって、共通の歴史文化を持っている。それでも、トルコ・チェルケス人でなければ、異邦人になってしまうのがトルコなのである。トルコという国の差別主義的性格は、クルド弾圧を理解する上で欠かせない。

(炊き出しに来た子供を殴打する警官 出典:hurriyetdailynews.com)
エルドアンは、トルコ人に差別され行き場のないシリア難民を、クルディスタン地域へ追いやろうとしている。そうしてアラブ人を入植することで、民族分布を変えようとしているのではないかという指摘もある。[ARANews,2016/7/19]


・なぜクルド人は声をあげるのか

(連行されるクルド人女性政治家 出典:turkishminute.com)
以上のような経緯があり、最近11月6日ついにHDPの主要議員の一斉摘発及び他クルド政党議員の不当逮捕という暴挙に踏み切った。罪状は、PKKのテロ行為への支援という事実無根の咎である。このようなあからさまな弾圧は、トルコの議会制民主主義終焉を世界に知らしめている。
エルドアンの暴虐ぶりに対し、世界各地に散らばったクルド人が、それぞれの居住国で抗議行動に立ち上がっている。民主主義国において抗議行動をすることは、それによってクルド人への同情的世論を作り上げ、トルコへの外圧を作りだすという意義がある。
とりわけ伝統的な親トルコ国とされる日本で、デモが行われることは大きい。トルコ人は、自国の民族問題をヨーロッパに非難されるのを、EU加盟への嫌がらせや植民地主義的態度の表れといった文脈でとらえることが多い。トルコと歴史的に軋轢がないアジアの国で、クルド人のデモが行われ同調する人がいるという事実は、エルドアンに対し世界中でクルド人弾圧が問題視されていることを突きつける。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?