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【トルコ総選挙】日本におけるクルド人の在外投票 トルコの情報戦も?

トルコは今月14日にエルドアン独裁政権の命運がかかった総選挙を控えています。票のことをクルド語で「deng」といいますが、これは通常「声」を表す言葉として使われます。トルコの弾圧により国外に逃れたクルド人たちは、それぞれの居住国で在外投票に臨み「声」を届けることになります。

CNNトルコはアメリカで在外投票が始まったことを伝えていました。

日本での在外投票はゴールデンウィーク終盤の5~7日に東京のトルコ大使館と神戸の総領事館で行われました。日本在住のクルド人の間では、「緑の左派党(Yeşil Sol Parti)」(正式名称「緑と左派の未来党(Yeşiller ve Sol Gelecek Partisi)」)への投票が呼びかけられました。

今回の総選挙の状況を概略します。クルド人はこれまで「人民民主党(HDP)」を主な政治的プラットフォームとしてきました。しかし、2016年にセラハッティン・デミルタシュら共同代表が逮捕されて以来、議員の「不逮捕特権」のはく奪などエルドアン政権の執拗な弾圧が続き、今では解党の瀬戸際にあります。裁判所は選挙期間中には判断を保留するとしましたが、解党は避けられないと考えられています。当選後に党が無くなってしまったら元も子もないと、今回、新たなプラットフォームとして「緑の左派党」に白羽の矢が立ちました。

トルコ大使館における在外投票と言えば、2015年の乱闘騒ぎをご記憶の方も多いと思います。2018年の選挙の際には、警察の警備・整理の下で投票が行われました。

HDP日本(現「緑の左派党」)のFacebookより

今回も警察による誘導が行われ、警備も厳重でした。前回と違うのは、整理員を主にクルド人が担っていたことでした。大使館側とも協力の上で、在外投票を実施したわけです。

投票のため並ぶクルド人と整理員 筆者撮影

無用なトラブルを避けるため、クルド人たちが実施したのが、彼らが集中する埼玉からのマイクロバスでの送迎でした。トルコ大使館への最寄り駅は原宿や北参道で、観光客が多いエリアです。ゴールデンウィークだと電車も混雑することもあり、日本人や外国人観光客にも配慮した形です。SNS上での周知だけでなく、下記のようなチラシも用意されました。

「緑の左派党日本支部」Facebookより

緑の左派党はトルコ領内でも、こうしたバスなどを活用した送迎を実施するとしています。一足先に、海を越えた日本で実施されました。

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さて、今回、大きな騒乱やトラブルが起きませんでしたが、SNS上では気になる動きがありました。

ゴールデンウィークも後半戦となる中、何気なくツイッターを眺めていたところ、日本のクルド人をめぐり物騒な投稿が目に留まりました。「職質にキレたクルド人たちが渋谷警察署を包囲した」との動画が何千回もリツイートされていたのです。既視感だらけなので、詳しく見てみると2年前前の件に関する映像でした。

せっせとリツイートする連中はどうせソースも見ないから過去の映像に釣られているんだなと思いつつも、気になるのは最初に誰が本件をほじくり返したかです。しかも、この大事な時期に…。

そこで、頭に浮かんだのが、トルコによるプロパガンダ工作です。トルコは国外に逃れたギュレン派などの反体制派を国内に連れ戻すなど、国外で違法な工作活動を行ってきました。

トルコの政府寄りメディアは、多くの日本人すら知らないトルコ人によるデモまでわざわざ報じています。抗議の対象はギュレン派の資金援助を受けるインターナショナルスクールで、日本国外でもしっかりプレッシャーをかけているぞというメッセージです。

同じ中東のシリアも、亡命者を含む国外在住者を監視するためのネットワークがあり、駐日シリア大使館もその拠点になっていると言われています。

これまで、日本におけるトルコの工作活動の明確な証拠は挙がっていませんが、実体験も含め疑わしいことがありました。2015年の一件についても、後で判明したのは、どうもトルコの情報機関・国家情報機構(MiT)の手先がクルド人を挑発し暴行を加えたことがきっかけになったとみられるということでした。また、2年前にはアナーキストの集団がトルコ大使館の前でYPGの旗を掲げるという出来事がありましたが、何故か当方がそこにいたことになっていたということもありました。警察関係者から当方に問い合わせがあったのですが、大使館側か主催者側から当方が参加したという情報が出たそうです。今回、再炎上した2020年のデモについても、訴えを起こしたクルド人がクルド団体を通さなかったこと、トルコメディアが「トルコの若者」と報じているなど不可解な点がありました。

あくまでトルコが日本で工作活動を行っているという邪推に基づくものですが、トルコ側は日本人の無知につけこむ戦略をとっていると思われます。今回の炎上では、「テロ組織PKKの旗ガ―」と騒いでいる人たちも散見され頭を抱えました。欧米ではクルド問題に関する一般認識があるので、PKKが「テロ組織」指定はトルコの言いがかり、駄々によるものにすぎないと多くの人が知っています。実際、PKKが欧米日の人々や施設を標的にすることはないわけです。2020年のデモについても、クルド人をめぐる問題に普段関心がない「Black Lives Matter」支持者などが多数参加し、クルド関係のデモとはかなり毛色の違うものでした。トルコは右は「不逞外人」を左は「哀れな難民」を求めていること、つまり自分たちの主義主張に沿う面しか見ない性質を熟知し情報戦を仕掛けていると私は考えています。

今回は拡散が一部の界隈に限られたこと、騒いでいる連中と対照的にクルド人たちがトルコの影を感じつつ終始冷静だったのは良かったと思います。


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