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アトツギという生き方について

「あんたはいつか会社を継ぐんだから、恥ずかしくない大人になりなさい」

そう言われて育った。

恥ずかしくない大人って、なんだろう。

アトツギという存在

こんにちは、株式会社乗富鉄工所の後継ぎ息子、乘冨賢蔵です。友人からは「親が社長なんて羨ましい」と言われ、親からは「躾ができていないと思われてはいけない」と厳しく育てられました(”躾”という言葉、嫌いです)。良くも悪くも特殊な立場。周りに相談できる人も少なく、まあ宿命みたいなものだと思っていましたが、この1年はツイッター経由で多くの後継ぎムスコ・後継ぎムスメたちと繋がり同じような悩みを抱えていることを知りました。

年末のゆっくりした時間に、自分が置かれた”アトツギ”という立場について考えてみようと思い立ったのがこのnoteです。

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アトツギと家業

私の場合、創業者の祖父が仕事を家庭に持ち込まないタイプだったこともあり家業との距離感は遠いものでした。毎日通学の時に工場を通りはするものの、それだけ。このあたりはアトツギの家庭のタイプによってまちまちで仕事場に遊びにいって社員さんにかわいがってもらっていた方も多いようですが、”家業を初めから好きなアトツギは少ない”ってことはあまり知られていないんじゃないでしょうか。(もちろん例外もありますが)

私はその典型。鉄工所なんて古臭いし、うるさいし、何を作っているのかもよく分からない。会社を潰さない、という意識が強かった親は保守的で礼儀や形式を重んじ、親分肌だった創業者の祖父の武勇伝は聞けば聞くほど「自分には無理だ」と思わせられる。長男の私にとって、家業とは将来自分にのしかかるであろう重しでしかありませんでした。

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アトツギと社員

会社には、社員がいます。当たり前ですが、これがアトツギという立場の一番のポイントです。自分より年齢も経験もスキルも上。お互いのことはほとんど知らないのに、「こいつはいつか社長になるのだろう」ということだけは分かっている。そうなれば「この人はそんな器なのだろうか?」とシンプルに確かめたくなるのが人情。そしてその比較対象は親だったり、創業者だったりします。

親や創業者と比較され社員から「あの息子はダメだ」と思われない人間ーーー”恥ずかしくない大人”とはそういう意味だったのです。

一方で社員のそういった目線はアトツギ側も痛いほど感じています。だから「なんとかして認められなければ」と必死になる。今風のITツールでDXに挑戦たり新規事業を立ち上げようとしてみたり・・・今は社会を変えるとか言っているアトツギ経営者も、きっかけは案外そんなことだったりするようです。

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アトツギと新規事業

私自身もそうでしたが、新規事業は目が出るまで数年単位の時間がかかるもの。それまでは「なにか良く分からないことをやっている」ならまだいい方で、下手をすると「会社の金で遊んでいる」と思われかねない状況が続きます。社長のムスコだからできるんでしょ、と思われがちですが新しいことに全力投球するのはアトツギにとってもハードモード。

それでも挑戦するアトツギが後を絶たないのは、ただ認められたい以外の理由もあります。それは、30年先の会社の未来を考えるから

これはアトツギが立派だとかそういう話ではなく、仮に30歳で入社するとして少なくとも60代で引退するまで事業を続けていかなければと考えるからというシンプルな話です。これだけ変化が激しい時代にあって、30年はおろか10年先だって同じ事業が続けられるとは限りません。ましてアトツギがいる会社の多くはレガシー産業・・・現代に生きる彼らが新規事業に走るのはある意味自然な流れです。

ちなみに冒頭から使っている”アトツギ”という言葉はそういった新規事業に挑戦する企業後継者を応援する一般社団法人ベンチャー型事業承継の代表山野さんがつくられた造語。ボンボンとか親の七光りとか碌なイメージがない後継者のイメージアップを狙って作られたそうで・・・長年ボンボン扱いされてきたアトツギの一人としてはありがたい限りです。

認められたい、会社を繋げたい、恩返しがしたい、馬鹿にした人を見返したい、楽しく働きたい・・・1人1人理由は違えど、皆本気で会社をどうにかしたいと思っています。

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アトツギとアトツギ

とはいえ人手不足の中小企業においてアトツギの新規事業に時間を割いてくれる人が現れるのは稀なケース。ほとんどの場合、たった一人で新規事業に挑戦することになります。

そうしたとき、社外に仲間を見つけることが大切だと思っています。私の場合は個人のTwitterアカウントをきっかけに同じような境遇のアトツギ仲間と知り合い、彼らと交流する中で励まされたり勇気をもらったりしています。

「苦しんでるのも頑張ってるのも自分だけじゃない」そんな当たり前のことを実感をもって知れることで頑張れる。これってアトツギに限ったことでもないですよね。

ちなみにアトツギ仲間との交流で得られるものは勇気だけじゃありません。営業や採用のテクニック、便利なITツール、経営ノウハウ、社内の揉め事の切り抜け方、やっちまった失敗事例・・・このnoteを見ている方の中でもしひとりで悩んでいるアトツギの方がいれば、Twitterで”アトツギ”を検索するか数あるアトツギコミュニティの門をたたいてみてもいいかもしれません。今のようなコミュニティもない時代に孤独に戦ってきた先輩アトツギの方々は、結構教えたがりです。

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アトツギと社会

そうしてアトツギは社会と接続します。ありがたいことに、アトツギの新規事業は好意的に受け止められることが多くなってきている印象です。中小企業の約65%が後継者不足と言われている中、老舗企業の次世代を担う人材に対する社会的要求が高まってきていることがその背景にあり、中小企業庁でもアトツギにフォーカスした政策やイベントを行ってくれています。社内では向かい風でも、いまや社会では追い風が吹いていると言ってもいいくらいです。

ただしそんな状況を味方に付けられるかどうかは本人次第。私自身、会社にこもっていたときはそんな情勢に気づくことさえできませんでした。

社会の追い風を捕まえるためには、情報を発信することです。外に向かってビジョンを語り、協力者を募り、会社の外から中を変えていく。SNSで仲間を募るアトツギも増えてきていますが、発信の場はインターネットに限りません。銀行の交流会でも、行政のイベントでも、取引先との商談でも、友人との飲み会でもいいとさえ思います(ただし空気は読みながら・・・)。

そのビジョンが本当に魅力的なものであれば、どこかに応援してくれる人がいるはず。そうでなければ、仲間と切磋琢磨すればいい。

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アトツギと夢

多くのアトツギは、キャリアや学歴、都会での便利な生活など、それまでの人生で築いた何かを諦めて家業に入ります。それなのに入ったら入ったで試されたり、愚痴を言われたり・・・決して楽しいことばかりではありません。「戻らなければ別の人生があったのでは」なんてと思うことも一度や二度ではありませんでした。

社員やお客様の期待を裏切らないように、創業者の会社をつぶさないように・・・そんな想いを長年抱いてきた両親から「恥ずかしくない大人になりなさい」という言葉が出てくるのもよくわかります。

だけど残念ながら36にもなった私は、恥ずかしくない大人になりたいだなんてちっとも思いません。社員の前でも隙だらけだし、noteやTwitterで恥ずかしい失敗も書く。それは等身大の自分でいたいというエゴでもあるけれど、自分を偽っている人間が人に応援されるのは難しいと思うからです。

「キャリアは捨てた。だけどそれは自分で決めたこと。」

腹を括った多くのアトツギは、家業とそこで働いている人たちを未来に繋ぐ夢をみます。だからみんな本気です。そして往々にして暑苦しい(笑)

ものすごく雑な言い方をすると、アトツギの役割って「会社とそれに関わる人たちを”いい感じ”にすること」なんじゃないかと思っています。もちろん、自分自身をふくめて。

さて、2021年ももうおわり。私事ですが2022年1月から副社長になることになりまして、親から「これからは一層責任ある立場になるから気を引き締めるように」と言われました。背筋が伸びる思いですが、アトツギが引き受けるものは”責任”というずっしりとしたものだけじゃない気がします。それはたぶんもっと大切で、もっと自由で、空気のように軽やかなもの。

2022年もよろしくお願いいたします。

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