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雨の車窓

雨の車窓は
左上から右下へ
しずくをちらつかせ
田畑を切り取り
なめるように
流し去る

街を現し
駅を映す

雨の車窓の向こうには
傘を不器用に折りたたむ男がいて
その前には
雨の車窓をほんの一瞬だけ睨み付けてから
腰を下ろす女が重なる
その女の目は
寄り目になったかと思うと
折り重なるスマホの影に隠れる

雨の車窓は、また左上から右下へ
しずくをちらつかせ
高架線に乗って
県境の大河を跨ぎ
一瞬だけ銀河鉄道を気取ると

何の変哲もない
駅に着いた

ほんの少し口を開けた雨の車窓は
田舎に入ると
雨の匂いと草の匂いとをブレンドして
ハーブティーだと言わんばかりに
一人きりの乗客に差し出す

雨の車窓は
昼と夜の境目を曖昧にする
夕日を忘れたかのように
くぐもったまま
暗い思索に沈み
映し出すものと言えば
一人きりの乗客の歪んだ顔

誰も使わなくなった森と
誰も使わなくなった田畑が
雨の車窓のブラックホールに吸い込まれ
日々の記憶は走馬灯のように駆けてゆく

いたたまれなくなった乗客は
雨の車窓から廃駅へ転げ落ちた

雨の車窓は琉球ガラスの土産品のように
プラットフォームに陳列され
車掌がテーブルクロスを素早く引いても
微動だにせず
群れをなして
北へ帰っていった

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