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ミルク

ミルクを飲むと思い出す
すえた臭いと
腐った学校の床

すぐに拭き取らないと臭くなるよ
そう言われてこぼしたミルクを拭き終わると
今度はこれをこぼせと
ミルクのようなワックスを先生は差し出した

それを床にこぼし
ゴシゴシこする
なんか、おいしそう
もし牛乳瓶に混入されることがあれば
それは子どもを惑わせるような指示を出した
先生のせいだ

そんな学校の床も
色々な子どもたちのミルクにまみれ
とうとう我慢の限界だと
朽ち果て
崩れ落ち
解体中のサインの向こう側

それならこちらは復興中なのか
それとも解体待ちなのか

子どもの数が少なくなって
ミルクの消費量も減って
ミルクのようなワックスの生産量も減って
腐った床も減って
コレステロールが気になって
豆乳を飲み始めて
時折、すえた臭いが自分から発散されて
すべては小学生のときに飲まされたミルクのせいだと
先生を恨む

このミルクをめぐる複雑な感情を打ち破って
記憶をさらにさかのぼる

哺乳瓶に粉ミルクを入れて
自分でお湯を入れて溶かして
自分で飲む
子育てをしてからはもちろん
こんなことをしたことがない
まずいに決まっていることは
容易に想像がつく

でも確かにそんな記憶がある
幼少期に自分は自分のミルクを作っていた
そのせいか自分はコーヒーに入れる
粉ミルクにも執着がある
クリープをさじですくって
口に付けないように
上を向いて大きく開けた口の中に放り込む
再びさじをクリープの中に入れると
さじについた蒸気のせいで
磁石についた砂鉄のように
クリープはさじに貼り付くようになる
最後はさじにしゃぶりつくしかない

ミルクの記憶をさかのぼろう
年の離れたいとこが自分の子どもに母乳をあげるシーン
彼女はバターとコンデンスミルクを垂らした
トーストの革命的なおいしさを教えてくれた
罪深い女だ

さらにミルクの記憶をさかのぼろう
手元にはない写真だが
母の妹の母乳を吸う赤子の自分が
記憶の片隅に残っている
母の乳を吸う写真もあったかもしれないが
自分の記憶にはない

給食のミルク
ミルクのようなワックス
解体される学校の床
粉ミルクをお湯で溶いて飲む幼児
クリープ
コンデンスミルク
いとこの母乳
叔母の母乳

その先に
決して思い出されることのない
実母の母乳
それはこれまで振り返った雑多な隠蔽記憶から
事後的に再構成するほかない

さらに大袈裟にさかのぼれば
乳海撹拌の神話
自分という化け物の誕生
そんな自分に世の中への免疫を付けさせた
という初乳のパワー

見たことのない初めての授乳の光景を
こうして思い描きながら
年老いた身体を抱えながら
横臥にて就寝する

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