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願ってもないこと

それで君はどう答えたんだい?
 「いや、もう願ってもないことです」と答えました
ところが、相手の顔が曇ったと
 そうなんです
どうしてだと思いますか
 もしかして言葉の使い方を間違えたかなと
どんな風に?
 「そんなことは願っていない」と聞こえたのかも
言葉の使い方は間違っていませんよ
 そうですよね
君はいま相手のことを責めていますね?
 え? いや、そんなことは
君が言いたかったのは「望外の喜びです」ということですね
 そうです、そう言えば良かったな
でも、「願ってもないことです」も決まり文句です
 そう、決まり文句だと思います
君は最初、自分が言葉の使い方を間違えたと思ったんですね?
 はい、僕の落ち度かなと
その後、「そんなこと願っていないと聞こえたのかもしれない」と思った
 はい、「もしかしてそうかも」と思いました
つまり、相手が誤解したんだと
 そうですね
誤解した相手が悪い、と
 ちょっと待ってください、そこまでは言っていません
「願ってもないことです」という表現は間違いじゃないと確信していますね
 はい
では、「こいつは俺の好意を喜んでいないんだ」と受け取る相手が悪いと
 お言葉ですが、フロイト先生こそ、受け取り方が悪いのでは?
もっと、続けて
 あ、転移の罠にはめようとしていますね
ばれましたか
 僕だって分析家の端くれですよ
話を戻すと、君は相手がその時どう思ったかを確かめていませんね
 まあ、それは分析の場面ではありませんから、追及するのも野暮かなと
では、その時の相手の、受け取り間違いは、あなたの勘違いかもしれない
 先生の学説通り「間違いには無意識的な願望や敵意が表れている」と
その通り
 先生の理論によれば、僕は相手の好意をありがた迷惑だと思っていたと
そこまでは言っていません
 まあ、実はおっしゃる通りなんですよね
ところで、この会話を私の著作に引用してもいいですか?
 ……それは、願ってもないことです

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