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『公共善エコノミー』のいくつかの訳語についての解説

【『公共善エコノミー』のいくつかの訳語についての解説】

昨年12月半ばに日本で販売が開始された翻訳書『公共善エコノミー』のいくつかの訳語に関して、翻訳者として説明しておきたいことがあるので、ここに書きます。

ドイツ語のオリジナルタイトルは「Gemeinwohl-Ökonomie」、英語版では「Common Good Economy」が当てられています。英語の「Common Good」は近年、日本語では一般的に「共通善」と訳されています。なので、なぜ「共通善エコノミー」でなく「公共善エコノミー」なの、という疑問を持つ人も多いと思います。実際に英日翻訳のプロから、そのような質問がありました。

しかしドイツ語の「Gemeinwohl」も「Common good」も、「public interest 公益」「public welfare 厚生、公共の福祉」というニュアンスを強く含んでいる言葉です。だから私は、政治学や哲学・宗教学で使われている少し古い言葉「公共善」の方を選びました。原作者のクリスティアン・フェルバーも、「Kyotsu-zen」より「Kokyo-zen」の方が、言葉の響きもいい、と気に入ってくれました。彼は「zen」も、欧州でもメジャーな禅仏教も連想できていい、と言ってくれました。漢字は違いますが、禅と倫理的・ホリスティックな公共善エコノミーのコンセプトには、通じるものがあります。

次に、公共善エコノミーの重要な基盤になっている「Demokratie(独)/ Democracy(英)」。この言葉の素直な訳は「民主制」です。日本には、近代化が始まった明治維新以降に欧米から入ってきた言葉ですが、なぜか「民主主義」という訳語が、特に第二次世界大戦後に定着しました。なぜ日本語訳で、制度としてのDemocracy(民主制)が、イデオロギーとしてのDemocracism(民主主義)になったのかについて、いくつかの理由が考えられます。単なる制度としてではなく、何かを壊したり、何かに対抗したりする、何かを盛り上げる、もしくは資本主義経済を活性化するために、「主義」という言葉が必要だった、または便利だったのかもしれません。本では、そのままカタカナで「デモクラシー」を使っています。元の言葉は「制度」であって、「主義」ではないですので。

公共善エコノミーでは、あらゆる国でデモクラシーがまだまだ発展途上であること、そのポテンシャルが十分に発揮されていないこと、近年では、資本の力がデモクラシーを食ってしまうなど、停滞・減少傾向があること(ポストデモクラシー)を、学術的なデータも参考にして指摘し、本物のデモクラシーとして、「主権者デモクラシー」、代表制デモクラシーを補う形での直接デモクラシーを提案しています。デモや暴動で、派手にアピールしたり、物を壊したり、不安を煽ることをしなくて済むような、成熟したデモクラシーの形です。

デモクラシーの基盤である「Recht(独) / Right(英)」も、明治以降に日本に輸入された言葉ですが、「権利」という訳語が当てられています。しかし当時、福沢諭吉は、Rightには「権力」「利益」だけでなく、「正しい」「正義」という意味も含まれていることを踏まえて、「権理」や「通義」を提案しました。しかし、なぜかこの適訳は、当時、しばらく使用された時期もあったようですが、最終的に却下され、原語の半分の意味しか持たない「権利」が一般的に採用されるようになりました。私は適訳である「権理」を使いたかったのですが、一般的ではないですので「権利」を採用しています。でも「権理」の意味で、みなさん解釈してください。 

「Freiheit(独) / Liberity(英)」も、デモクラシーの基盤として、明治期に日本に入ってきた概念ですが、平安時代から「勝手気まま」という意味で使用されてきた「自由」という言葉が訳語として当てられました。日本では、「自由」に近代的な意味を付与する努力も歴史的に行われてきましたが、いまだに、自分勝手で無制限な「自由」の横行(乱用)が起こっています。でもこれは、日本に限ったことではなく、だからこそ公共善エコノミーでは、「自由」は相対的な概念であって、「自分の自由は他者の自由が制限されるところで終わる」ということを強調しています。

原著者のクリスティアン・フェルバーと一緒に、2023年1月10日、日本時間17時から、日本語版『公共善エコノミー』の出版記念のトークイベントを、日本とオーストリアとドイツをつないで、オンラインで行います。よかったら参加してください。当日、参加できない人でも、申込者には、オンデマンで期間限定の録画視聴を提供します。案内はこちら。

https://common-good-economy.peatix.com/view

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