M-1グランプリ2022決勝。ウエストランドの優勝が証明した「面白い人は必ず売れる世界」

 スター不在。敗者復活から決勝に上がったオズワルドを除く、今回のファイナリストの顔ぶれを一言でいえば、ここ数年でダントツに地味な顔ぶれだった。全国区の知名度がありそうな人気コンビはほぼゼロ。かつての和牛、かまいたち、ジャルジャル、ニューヨーク、見取り図といった、いわゆる大会の軸となりそうな強者は一組もいなかった。悪く言えば、どんぐりの背比べとなるが、逆に言えば、どのコンビも大差ないというか、ファイナリスト全組がそれなりに存在感を見せるだろうと筆者は予想していた。誰が優勝してもおかしくない混沌としたムードこそ、今大会における最大の注目ポイントだった。

 準々決勝と準決勝の戦いを実際に有料配信で目にした後も、決勝の展開を想像することは難しかった。それでもこちらの好みをある程度含めた今回の優勝候補として決勝前にその活躍を予想したのは、大阪吉本所属のカベポスター、そしてタイタン所属のキュウとウエストランドだった。予選の戦いを見る限りでは、僕はこの3組に良いムードを感じていた。

 那須川天心さんが引いた笑神籤(えみくじ)で今大会のトップバッターに選ばれたのは、先ほど挙げた今回の優勝候補の一角と見ていたカベポスターだった。彼らが選ばれた瞬間、こう言ってはなんだが、筆者はカベポスターの優勝の可能性が消えたことを悟った。前回トップバッターを務めたモグライダーとは違い、極めて正統派の漫才をするカベポスターにとって、この1番は最悪の順番だった。たとえ出来が良くても、トップバッターが95点以上を付けられることは滅多にない。ネタの出来は悪くなかったが、今回は運が悪かった。しかし決勝全体の流れを踏まえれば、トップバッターで彼らのような正統派タイプが登場したことは、結果的に今大会の良い火付け役になったと言えた。

 今大会のファイナリストをあえてネタのタイプで分類するとすれば、正統派とそうでないタイプの2種類に大きく分けることができる。カベポスターを正統派とすれば、今回のそうではないタイプは、ロングコートダディ、男性ブランコ、ヨネダ2000の3組になる。動きが多いネタ、審査するのが難しそうなネタと言ってもいい。いわゆる「漫才っぽくないネタ」をするこの3組がどこで登場するのかも、今大会の注目ポイントのひとつだった。

 カベポスター、真空ジェシカ、オズワルド。1〜3番に登場したのがいわゆる正統派タイプのコンビだったことが、今大会を好勝負に導いた要因のひとつだと僕は思う。この3組がいずれもまずまずのネタを見せたことが、視聴者側の緊張感をいい感じでほぐす役目を果たした。そろそろ爆発が起きそうだというムードは、この辺りからなんとなく漂い始めていた。

 そうしたなかで最初に爆発を起こしたのは、4番目に登場した前回ファイナリストのロングコートダディになる。予選でも大きくウケていたネタだったが、決勝戦でもその破壊力は抜群だった。前の3組とはタイプが違うだけに、さらにうまくハマったという感じにも見えた。結果論になるが、もしこのネタを最終決戦で披露できていれば、ロングコートダディは優勝できていたのかもしれない。そう言いたくなるくらい良かった。

 続く5番目のさや香のネタも、こちらが予選で見たとき以上の爆笑をさらった。その点数は今回のファーストラウンド1位となる667点。直前のロングコートダディが爆発したことで、決勝戦はここで一気に火が付いた。それも王道のしゃべくり漫才だったので、余計にそのコントラストは目立つことになった。

 1〜3番が正統派で、4番が動きで魅せるコント系。そして5番がまた正統派と、この流れが結果的に奏功した。大会の盛り上がりに大きく関わっていたと見る。さらに続く6番目の男性ブランコが異色タイプで、7番目のダイヤモンドが正統派、そして8番目のヨネダ2000がこれまたダントツの変化球という感じで、タイプの異なるネタが次々登場する展開に、こちらの目は画面に釘付けになっていた。

 ここまででも十分面白かったが、それでも筆者はまだ“もうひとヤマ”あるのではないかと期待しながら見ていた。残るはキュウとウエストランド。タイタンに所属するこの両者がラスト2組まで残るとは思わなかったが、冒頭で述べた筆者の期待していたこの2組の明暗は結果的にハッキリと分かれることになった。

 泣いたのは9番目に登場した決勝戦初進出のキュウ。その敗因を挙げるとすれば、やはり出番順になる。それまでの8組によってすでに会場が大きく弾けていたため、彼らの弱点でもあるそのパワー不足が不運にも露呈してしまった。しかもヨネダ2000の直後ということもあり、落ち着きのないぐちゃぐちゃっとした空気が漂う中でネタをさせられてしまったという感じだった。しっとり聞かせる系のキュウと、このM-1決勝という大舞台との、その相性の悪さを思わずにはいられない。キュウの肩を持つわけではないが、予選での戦いぶりを見る限り、僕は彼らに少なからず優勝の匂いを感じていた。大きく外れることはないと思っていたが、この決勝戦独特の雰囲気というものを甘く見ていた。ネタはもちろん大事だが、こうした賞レースでは会場のムードも大きく影響するということを、不発に終わったキュウの姿を見て思い知らされた次第だ。

 筆者が決勝前にキュウを優勝候補に挙げた理由は予選の戦いぶりを見たからだと先ほど述べだが、具体的に言えば、準々決勝と準決勝のそれぞれで異なるネタを披露した上で、かつ、その両方の出来が良かったから、となる。同じことはカベポスターとウエストランドにも言えた。早い話、彼らは面白いネタを2本持っていることがわかっていた。この3組を優勝候補に推していた最大の理由はこれになる。逆にそれ以外のファイナリストは、(オズワルドを除く)6組とも準々決勝と準決勝ではそれぞれ同じネタを使用していたので、2本目の勝負ネタがどれほどの出来なのかを想像することができなかった。

 ファーストラウンド10組目、最後に登場したウエストランドは、キュウとは違い、場の空気に左右されにくいタイプだ。井口浩之が早口で捲し立てる、言わばそのパワフルさこそ最大の売りになる。同じ事務所のキュウの鬱憤を晴らすかのような出来のネタで3位通過を決めたそのとき、筆者には「ウエストランド優勝」の文字が確実に頭に浮かんだ。予選(準々決勝と準決勝)で見せた2本のネタは、中身は少し違うが、外見は全く同じもの。すなわちウエストランドの1本目と2本目の間に落差はなかった。むしろ方向性が同じ分だけ、2本目はより勢いづくのではないか。3位通過のため最終決戦での出番は1番目だったが、この順番も結果的には追い風になったと言える。間を挟まず立て続けにネタを披露したことで、一気に自分たちの空気に染めることに成功した。

 最終決戦でウエストランドのネタを見終わった瞬間、少なくとも僕は彼らの優勝を確信した。まだロングコートダディとさや香の2組が控えていたが、この両者がファーストラウンドで披露した以上のネタができるとは到底思えなかった。それくらいウエストランドの面白さは強烈だった。1番目に登場しながらも最終審査で7人中6人の票を獲得したことが、そのインパクトの大きさを表していたと言えるだろう。

 今回のウエストランドの優勝を世の中はどう見ているのか。詳しくはわからないが、少なくとも僕は今回の結果には必然性を感じる。以前から彼らを知っていた人は、その優勝にそこまで驚きはなかったのではないか。

 ウエストランドの決勝進出は今回が2回目だった。前回の決勝進出は2年前、マヂカルラブリーが優勝したM-1グランプリ2020だった。出番順は今回と同じ10番だったが、結果は9位。ネタ中に河本太の緊張した様子が伝わってくるなど、ハマり切らずに惨敗に終わったというのが率直な印象だが、その2年前の準決勝の戦いを見たとき、筆者は優勝したマヂカルラブリーよりもウエストランドの方に可能性を感じていた。決勝ではうまくいかなかったが、その方向性は悪くないぞと、ブレイクこそできなかったが少なくとも僕の目には彼らは光り輝く存在に見えていた。

 その翌年にあたる前回大会では、ウエストランドは準々決勝で敗退。準々決勝を詳しく見ていないのでハッキリしたことは言えないが、無料公開されていた3回戦のネタなどを見ても、相変わらず彼らは面白かった。ところが、モグライダー、ランジャタイ、真空ジェシカなど、俗にいう地下芸人と言われる非吉本系のコンビが、前回の決勝進出をきっかけに今年に入るとブレイク。優勝を果たしたのも、その地下芸人の最年長ともいうべき錦鯉だった。さらにはM-1グランプリ2019で3位に輝いたぺこぱや、最近活躍が目立つアルコ&ピースや三四郎など、これまで似たような境遇にいた芸人たちの活躍が目立つなかで、ウエストランドは彼らに比べると遅れをとっているように見えた。2年前の決勝進出を経ても、芸人としての立ち位置は決して大きく上昇することはなかった。少し露出が増える程度にとどまっていた。

 そんな大きく売れているとは言えないウエストランドだが、少なくともこちらの評価は低くなかった。特にウエストランド・井口は、どの番組に出ても確実に爪痕を残していた。「アメトーーク」、「水曜日のダウンタウン」、「ダウンタウンDX」、「ゴッドタン」など、筆者が目にしたこれらの番組での井口の活躍はとりわけ印象に深く残っている。この人の喋りは面白い、実力的に今の地位にとどまる存在ではないと、これまで何度か述べたこともある。少し時間はかかったが、これでようやくその実力が世間に認められることになった。それもM-1優勝という、芸人にとって最も価値の高いタイトルを手にすることに成功した。上記で挙げた地下芸人たちを一気に追い抜いた上、まさかその頂点に立つとは。前回の錦鯉の優勝は人生大逆転とよく言われていたが、今回のウエストランドの優勝もそれに匹敵するレベルの痛快劇だと僕は思う。

 前回の錦鯉の優勝は感動こそあったが、内容的には決してそれほど高かったわけではなかった。こう言っては錦鯉に失礼だが、少し運があったというか、オズワルドの失速に助けられた感がなきにしもあらずだった。その前のマヂカルラブリーにしても、ネタで勝ったというより、どちらかと言えば巧妙な作戦で勝ったという感じだった。一歩間違えれば惨敗もあり得たような、いわゆるギリギリの戦いをものにしたという印象の方が強い。もう1回戦った時、彼らは優勝するかどうかと言われれば、正直難しいと答えるだろう。

 ところが、今回のウエストランドはそうではない。たとえもう1回最初から大会をやり直したとしても、彼らは優勝する力はあると見る。違う順番(1番以外)で登場していたとしても、ウエストランドは優勝していたのではないか。本来10番は決してそれほど良い順番とは言えない。それまでのネタと比べられやすいので、優劣がはっきりとついてしまう場合が多いからだ。だが言い換えれば、そこで正統派のネタを披露して勝ち残ったということは、本当に面白かったという何よりの証拠になる。

 「面白いやつはいつかは必ず売れる。それがお笑い界というもの。だからこの世界は平等なんだ」。誰が言ったのかは忘れてしまったが、今回のウエストランドの優勝を見ると、かつて耳にしたこの言葉をふと思い出す。結果こそなかなか出なかったが、それでもネタは滅茶苦茶面白かった。その喋りも切れ味抜群だった。かつてウエストランドにピンとくるものを抱いていた僕にとって、今回の結果はとても妥当なものに映る。まさになるべくしてなったという感じだ。

 納得度の高い必然性溢れる優勝。今回のウエストランドの優勝を少なくとも筆者はそう見ている。これまでさんざん小物扱いされていた小市民による痛快な逆転劇。最もスターらしくない王者。歴代最多7261組の頂点に立ったコンビは、はたしてどのような道を歩むのか。今後もパワー溢れるエネルギッシュな漫才を披露し続けてくれることを期待したい。

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