M-1グランプリ2022準々決勝に見る混沌模様

 7261組という大会史上最多のエントリー総数を記録した、M-1グランプリ2022。この文章を書いている現時点では、4日間に分けて行われる準々決勝の、その前半の2日間が終了。現在無料公開中の3回戦のネタ動画も含め、今大会の輪郭がおぼろげながら見えてきた。そんな感じがする。

 オズワルドは優勝できるのか。今大会の最大の注目ポイントはこれになる。別の言い方をすれば、オズワルドを倒すのはいったい誰か。常連組なのか、それとも新しい顔ぶれなのか。いまはその可能性のありそうなコンビ、飛躍の匂いを感じさせるコンビを探る、ちょうどいいタイミング。準々決勝はまさに、各コンビの行方を占うには見逃せない舞台になる。

 こう言ってはなんだが、昨年の大会は、オズワルドが優勝していたはずだった。大会前から優勝候補の本命に挙げられていたオズワルドは、そのファーストラウンド(1本目)で圧巻のネタを披露。堂々の首位通過を決めたその時点で、少なくとも7〜8割方、彼らの優勝は見えていた。そして迎えた最終決戦。1番手のインディアンス、2番手の錦鯉、オズワルドの前に登場したこの2組のネタは、優勝を決定づけるような出来栄えとは正直言い難かった。大きく外したわけではなかったが、滅茶苦茶弾けたという感じでは全くなかった。この時、オズワルドの優勝を疑う人はたぶんいなかったと思う。あとは普段通りのネタができていれば、おそらく彼らは優勝していた。ところが最終決戦ではご承知の通り、ネタがまさかの大ブレーキ。結果は準優勝。錦鯉に悔しい「逆転負け」を喫してしまったわけだ。

 結果的に優勝を決めるネタとなった、錦鯉の「サルを捕まえる」ネタ。1本目の「合コン」ネタの方が、出来自体はよかったと思う。だが、インディアンスとオズワルドが優勝コンビに相応しいネタを見せることができなかったこともあり、最終決戦の審査では錦鯉に票が集中した。7票中5票を獲得し、史上最年長での優勝を果たした。前回大会のおさらいをざっくりとすればこんな感じになる。

 優勝した錦鯉が披露した決勝1本目の「合コン」のネタは、その準決勝で披露した、いわば“決勝進出(2度目)を決めたネタ”だった。このネタは筆者も準決勝の有料配信を視聴していたので知っていたが、もう一方の「サル」のネタは、後に知ったことなのだが、その準々決勝で披露していたものらしい。127組が25の枠を競って争われた前回の準々決勝。年々レベルが高まるその激戦区を、錦鯉は例の「サル」のネタで突破したというわけだ。彼らがそのネタを決勝の最終決戦(2本目)で使うのは、ある意味当然の流れだったのかもしれない。

 多くの人気者や実力者でも容赦なく削られる、近年の準々決勝。後日には敗退組のネタが無料で公開されるようだが、大会の行方を占おうとすれば、重要なのは合格組の方であることは言うまでもない。前回の錦鯉のように、後に優勝を決めるネタが披露されている場合もある。筆者が今回、準々決勝の有料配信を視聴したくなった大きな理由に他ならない。また、昨年の敗退組のネタを見る限り、この準々決勝もそれなりにレベルは高い。ネタ時間も、準決勝、決勝と同じ4分だ。少々お金を払ってでも見る価値はある。迷わずそう思ったので、今回は初めて準々決勝の戦いにもひと通り目を凝らしてみることにした。まずはその前半2日間の配信で目にした、その戦いぶりの印象をここで少し述べてみたい。

 まずは11月12日(土曜日)に行われた1日目から。出場グループは全部で15組。その全体の印象をひと言でいえば、レベルが高かった、となる。

 そうなった理由はわかりやすい。トップバッターで登場したくらげ(吉本興業)が、かなり面白かったからだ。これはお笑い賞レース全体に言えることだが、1番手がある程度面白いと、大会は自然と盛り上がりやすい。後に続くグループも波に乗りやすいというか、温まった良い空気の中でネタが行われるので、普段より2割増しくらい、ウケがよくなる場合が多い。いわゆる採点の基準が高くなるというやつだ。

 くらげは十分面白かった。準決勝に進出しても不思議はないくらい。だが、以前もこの欄で述べたかもしれないが、このM-1準々決勝はかなりの狭き門だ。25〜26組が9組(敗者復活を含めると10組)に絞られる準決勝より、その倍率は遥かに高い。今回、準々決勝に出場しているのは全部で116組なので、例年通りの枠(25〜26組)ならば、その合格率はおよそ2割。合格するのは、だいたい5組中1組だ。そう考えると、くらげくらい面白くても、決して確実とは言えないのだ。

 では、準決勝進出は間違いない、思わずそう言いたくなるくらい面白かったのは、どのコンビなのか。個人的には、1日目の最後に登場したTCクラクション(グレープカンパニー)ではないかと思う。そのマックス値、最大瞬間風速は、こちらが配信で視聴した限りではこのコンビが一番だった。彼らをこの段階で落とすことはおそらくない。もっと言えば、そのネタは決勝の舞台でも弾けそうな匂いのする、理想的な漫才にも見えた。この1日目にはカミナリ、蛙亭、アインシュタインといった人気者が多数いたが、そんな全国クラスの売れっ子たちをネタの出来で確実に上回っていた。まだ結果はわからないが、準決勝でも注目のコンビだと僕は思う。

 その他でよかったのは、先月行われたキングオブコント2022で準優勝に輝いた旬なコンビ、コットンだ。まず言いたくなるのは、他のグループとはその勢いが違うこと。先月のキングオブコント準優勝で、おそらく相当自信をつけたものと思われる。「M-1でもやってやるぞ」。そんな闘志というか、高いモチベーションを彼らに感じたのは僕だけだろうか。ネタのスタイルは至ってシンプルなコント漫才。だが、一つ一つのボケにハズレがない。クオリティの高いボケを次々に繰り出してくるので、安定感があるのだ。西村真二のツッコミもあっさりしていて、耳障りがいい。キングオブコントに続く連続ファイナリストの可能性は35%。少なくとも僕はそう見ている。

 キングオブコントで活躍したその後、M-1にも出場するグループはたくさんいる。この準々決勝1日目で言えば、男性ブランコとコロコロチキチキペッパーズがそれにあたる。男性ブランコのネタは途中で音声が無音(カット)になる時間があったので評価が難しいが、会場の反応はそう悪くなさそうだった。今年のキングオブコントでは準々決勝で敗れた男性ブランコだが、昨年から続く上昇ムードにまだ衰えは見られない。M-1でもそれなりの成果をあげそうな気配がある。そんな男性ブランコと同期でもあるコロコロチキチキペッパーズのネタは、少なくともこれまで筆者が目にした彼らの漫才の中では、間違いなく一番面白かった。ナダルのキャラを全面に活かしたネタと言えばそれまでだが、衣装をフォーマルなものに変えるなど、そのM-1への熱量というか、力の入れ具合は伝わってきた。言ってもコロチキは、キングオブコントのタイトルを獲得している賞レース王者コンビでもある。そのネタを見ると、今回は本気で「2冠」を狙いにきたなという印象を受けた。

 もう一組名前を挙げるならば、前回女性コンビでは唯一のセミファイナリスト、ヨネダ2000も気になる存在だ。彼女たちのネタも配信では無音の時間が大半だったためこちらが判定することはできないが、前回同様、その「らしさ」は健在だった。はたしてどのような評価を受けたのか、審査結果が楽しみだ。

 続いてその翌日、11月13日(日曜日)に行われた準々決勝2日目の感想だ。出場グループは全部で23組。初日よりもネタ数は当然多かったわけだが、全体の出来栄えやレベルで言えば、初日の方が高かったというのが個人的な印象になる。

 とはいえ、2日目がつまらなかったというわけでは全くない。出場総数が多かったので、ややレベルが落ちるコンビが多く、間延びする時間が長かったという話だ。この準々決勝でその仕上がりを見ておきたかったコンビは確実にいた。その筆頭は、「荒唐無稽な芸風」「奇天烈漫才」で昨年の大会を沸かせた、前回ファイナリストのランジャタイになる。

 スタイルはいい意味で唯一無二。前回初めて決勝に進出したことで、今年はメディアへの露出も増加するなど、この1年でランジャタイの株は大きく上昇した状態にある。だが、そんな彼らも今大会でラストイヤー。最後に挑む今回、果たしてどんな去り方を見せるのか。できれば再び決勝の舞台で彼らの姿を拝みたいと思っている地方在住のお笑い好きにとって、この準々決勝は必見に値した。ここを越えれば、少なくともあと2回(準決勝+決勝もしくは敗者復活戦)は、その姿を目にすることができる。そうした視線を準々決勝のランジャタイに向けていたわけだが、出来は悪くなかった。途中でネタが無音になり採点ができなかったコンビを除けば、ランジャタイがおそらく一番面白かった。多少贔屓目かもしれないが、これが正直な感想になる。少なくともこの出来映えで、ランジャタイを落とすことはないだろう。

 ランジャタイとはタイプは全く異なるが、独自のスタイルが鮮明なコンビとして共通しているのは、ランジャタイの前にネタを披露したタイタン所属のコンビ、キュウだ。現在2年連続で準決勝に進出している隠れた実力派。初めて彼らを目にした時はおよそ決勝に進出しそうなコンビには見えなかったが、そのネタは見るたびに良くなっている。基本的にはうるさくない、俗に言うしっとり系だが、ネタそのものがまず面白い。「言葉遊び」が中心のそのスタイルは、最近の漫才師が忘れかけている、いわば王道を行くスタイルと言ってもいい。話芸のみで人を笑わせる、こだわりのありそうなそのスタイルが、そろそろ花開くのではないか。そう思わせるくらい、キュウの出来はよかった。3年連続の準決勝進出は堅いと見る。

 その他で印象に残った準々決勝2日目の出場者は、パンプキンポテトフライ、ストレッチーズ、ナイチンゲールダンスなど。いずれもネタ番組でちょくちょく目にする機会のある、ブレイク候補の若手コンビだ。いずれのコンビもその最高成績は準々決勝まで。準決勝に進出したことは一度もない。ここを勝ち抜けば、芸人としてワンランクアップは必至。この3組のうち最低でも1組は準決勝に残ると見る。
 
 歌ネタのために、途中から無音になったダンビラムーチョにも可能性を感じた。準決勝の扉が見えたのは、あえて言えばこのくらいだろうか。キングオブコント2013王者の肩書きをもつコント師・かもめんたるも不気味な存在だが、M-1でやるネタとしては少々攻めすぎというか、あまりムードが合わないような気がする。その他で知名度のあるコンビは、Aマッソ、阿佐ヶ谷姉妹、ダイタクなどになるが、いずれの出来も率直に言っていまひとつだった。少し話は変わるが、Aマッソは昨年のTHE W 2021準優勝、阿佐ヶ谷姉妹はさらにその上を行くTHE W 2018優勝コンビだ。女性コンビのなかではいわゆるトップグループに属する彼女たちが、M-1で活躍ができない理由はなぜなのか。ついでに言えば、昨年のTHE Wで優勝したオダウエダはすでに3回戦で敗退している。さらに言えば、準々決勝1日目に出場したTEAM BANANAにも、準決勝に行けそうな匂いは特段しなかった。今年もM-1の直前に行われるTHE Wだが、彼女たちの成績に、それぞれの大会のレベルの差を見る気がする。準々決勝の後半には天才ピアニストや紅しょうがといった女性コンビがまだ控えているが、はたして準決勝に進出する女性コンビは今回何組現れるのか。先月のキングオブコントで決勝に進出した吉住のように、M-1でも活躍する女性芸人の出現を期待したい。

 この準々決勝の前半2日間で目にしたの計38組。確率的に準決勝に行けるのは、このなかでせいぜい8組前後だろう。確実だろうと言えるのは、1日目ではTCクラクションとコットン、2日目ではキュウとランジャタイ。せいぜいこのくらいだ。まだ大阪側の予選と、有力候補が多数控える最終日の4日目(東京)が控えているので、あまり多くは語れないが、大会独特の緊張感はすでに伝わってくる。準優勝のオズワルドをはじめ、3位のインディアンス、ロングコートダディ、真空ジェシカ、モグライダー、ゆにばーすといった前回ファイナリストから、見取り図、東京ホテイソン、ウエストランド、からし蓮根、トム・ブラウン、ミキなど、ファイナリスト経験のあるコンビまで、まだ登場していない有力コンビは目白押しだ。準々決勝の後半も、目が離せない戦いになることは間違いない。

 ちなみに、ここまで今大会の予選で僕が目にしたネタの中でとりわけ印象に残っているのが、3回戦のオズワルドとウエストランドのネタになる。オズワルドは今年も相変わらず面白い。昨年あれほど活躍したにも関わらず、また新たに面白いネタを生み出し続けることには敬意を抱かざるを得ない。おぎやはぎを彷彿とさせる彼らのしゃべくり漫才は、おそらくまだ伸びる。褒めすぎを承知で言えば、ダウンタウン的な匂いも微かだが感じる。準々決勝でのネタに目を凝らしたい。

 そしてもう1組のこちらの注目は、ウエストランド。2年前のファイナリストながら、昨年はこの準々決勝で敗退。だが、それは彼らがつまらなくなったわけでは全くない。昨年も十分面白かった。井口浩之が喋りまくるウエストランドのネタで想起するのは、全盛期のウーマンラッシュアワーだ。コンビの片方が早口で捲し立てるそのスタイルには、かつての漫才王者とどことなく似たようなテイストがある。ウーマンラッシュアワーは日本一になったが、ウエストランドの評価は世間的にはまだまだ低い。再び決勝に上がる力は十分あると見る。井口は村本大輔になれるのか、注目したい。

 3回戦、そして準々決勝の前半をざっくりと見た限りでは、まだ先は読みづらい。かつてのミルクボーイではないが、これ凄くない?と、思わず言いたくなるようなコンビは今のところまだわからない。いわば混沌とした状況にある。優勝しそうなコンビ、「犯人」の顔はいまのところまだ浮かんではこない。本命は前回同様オズワルドだとは思うが、僕の直感では、今回も彼らの優勝はおそらくない。オズワルドの力はすでに十分わかっている。仮にもしオズワルドが無事に優勝したとしても、それでは時代が先に進まない。こう言っては申し訳ないが、「マヂカルラブリー優勝」、「錦鯉優勝」ほど、「オズワルドM-1優勝」に驚きは感じないのだ。

 本命オズワルドを倒す可能性を秘めたコンビは果たして現れるのか。準々決勝後半の戦いに目を凝らしたい。

 

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