M-1グランプリ2023決勝。視界が急に明るくなった松本さんの名コメント

 M-1グランプリ2023決勝戦の直前、審査員7名のなかで筆者が注目していたのは、海原ともこさんと山田邦子さんの2人の女性審査員だった。

 今回初めて審査員に加わった海原ともこさんと、前回その審査が少し物議を醸した2回目の山田邦子さん。経験豊富な他の5人とは違い、どのような審査をするのか、その基準や好みなどがまだ判然としてないこの2人が鍵を握るとは、決勝直前のこの欄でも記した今回注目したいポイントのひとつだった。

 採点すれば山田邦子さんが60点で、海原ともこさんが65点。決して悪くはなかったが、次回も絶対にお願いしたいというほどでもない。可もなく不可もなく。無難にこなした。両者ともほぼ似たような感想になる。

 とはいえ、たとえ隠そうとしても、その点数やコメントにはその人の特徴や性格、こだわりなどが少なからず現れるものだ。決して隠し通すことはできない。

 山田邦子さんの場合で言えば、その癖の強さは今回もそれなりに目立っていた。例えば前回ファイナリストのカベポスターと真空ジェシカに付けたその点数だ。前回の決勝で山田邦子さんがこの2組に付けた点数は、トップバッターで登場したカベポスターが84点で、その直後(2組目)の真空ジェシカが95点だった。前回山田邦子さんのなかで最も面白かったのが真空ジェシカで、逆に最もいまひとつだったのがカベポスター。点数的にはそう言える。パッと見ではそこまでの差はないように見えたこの両者に11点もの違いを付けたこの採点こそ、前回その審査が物議を醸した大きな理由に他ならなかった。
 ところが今回、この2組に与えた評価は、そんな前回の審査とは大きく異なっていた。4組目のカベポスターに付けたのは94点で、7組目の真空ジェシカに付けたのは90点。彼らへの評価はわずか1年の間で大きく変わっていた。
 「私的には去年より(カベポスターに)10点多く入れたわけですけども」と、聞かれたわけでもないのに自ら発したあたり、山田邦子さんのなかでも前回の自らの審査に対して少なからず思うところはある様子だった。それは今回の審査を見ればなんとなく伝わってはきたが、ならば昨年最も高く評価した真空ジェシカに対し、なぜ今回は真逆というか、前回を大きく下回る点数をつけたのか。コメントを振られなかったこともあるが、その理由はあまり判然としなかった。
 カベポスターが前回より面白かったのはたしかだ。それはわかる。だが前回との比較で言えば、真空ジェシカも同じくらいよくなっていたとはこちらの見解になる。もちろん他のコンビとの比較や審査員の好みなどがあることは十分承知しているが、少なくとも前回より5点も下の出来栄えには到底思えなかった。今回の審査の中では個人的に最も違和感を覚えた審査に他ならない。

 採点以外の部分でもそれなりにインパクトのあるコメントを多く吐いた今回の山田邦子さんだが、その採点の整合性は今回もそれほど高くはなかった。審査員としてのキャラクターを存分に示したという点は評価できるが、採点も含めた総合的な納得度はまだまだ低いとは筆者の率直な感想になる。

 一方、初めてその審査を目にした海原ともこさんはどうだったかと言えば、シンプルというか、思ったより普通だった、となる。山田邦子さんと比べれば比較的大人しかった。あるいはなるべく波風を立たせないよう心掛けていたと言うべきか。最下位となったくらげ以外の全組に90点以上を付けたその審査に、彼女の優しさ、その人柄が現れていたように思う。コメントを通じてもそうした要素は存分に感じられた。

 ネタの感想を求められた際の審査員のコメント。その口が滑らかになるのは、受けが悪かったコンビよりも、受けがよかった、面白かったことが誰の目にも明らかなコンビであることは言わずもがな。あるいは自分が高い点数を付けたコンビと言い換えてもいい。それが最も顕著に表れたのは4年前、M-1史上最高得点を記録したミルクボーイの時になる。
 驚くような高得点が出ることがほぼ確定している、ワクワクして仕方がない状況。感想を述べたくてうずうずした心境と言ってもいい。司会の今田耕司さんからコメントを求められた当時の審査員、上沼恵美子さんが食い気味にその感想を喋り始めた姿はいまも記憶に鮮明だ。

 喋りやすいのは全員が高い点数、もしくは皆がこぞって低い点数を付けたとき。すなわち審査員の意見が概ね同じだった時だ。逆に難しいのは、自分の点数、評価が他の人とは違った場合になる。いわゆる自分が少数派に置かれた時だ。なぜその点数をつけたのか、理由をキチンと説明できなければ、少なくとも見る側は納得しない。まさに審査員としての力量が問われる局面になる。そうしたなかで今回その評価の違いが最も露わになった場面は、3組目のさや香の審査のときだった。審査員のなかで唯一80点台(89点)を付けたのは松本人志さん。その感想を求められると、次のように答えた。

 「やっぱりねぇ、令和ロマンに僕、90点付けちゃったでしょう。令和ロマンは超えてないかなと、僕は思ってしまいましてね。ちょっと低いなと思いますよ、89点。まあでも、令和ロマンを超えるのはなあっていうのとねぇーー」

 “他の皆はさや香のほうが面白かったのかもしれないが、僕は令和ロマンのほうが面白かった”。“自分の感想は他の人とは違う”。そのことを多くの人が見ている前ではっきりと述べたわけだ。

 繰り返すが、今回のファーストラウンド(1本目)のなかで、他の人との落差、違いが最も顕著だった審査である。自分だけ意見が異なる、いわば味方が誰もいない状況。にもかかわらずオリジナルな感想を述べることは、少なくとも自分の見る目に相当な自信がなければできない芸当になる。

 こうした松本さんの姿を目にするのはもちろん今回が初めてでは全くない。これまでにも幾度となく目にした光景ではあるが、それでもあえて言いたくなるのは、こうした自らの意見をハッキリと言える人がまだまだ少ないということだ。「微妙だった」、「惜しかった」など、多くの人は大抵の場合、曖昧な言葉を用いてその場をやり過ごそうとする。

 7組目の真空ジェシカの審査でも、松本さんはその「らしさ」を見る者に見せつけた。
 
 真空ジェシカに付けた点数は92点。松本さん個人では、今回のファーストラウンドではヤーレンズ(93点)に次ぐ2番目に高い高得点だった。だが結果は暫定5位で、彼らの目標でもあった上位3組には届かなかった。そんな真空ジェシカの敗退が決まったなかで、松本さんはこのように述べた。

 「ーーやっぱり笑いって“遠近感”だと僕は思うんですね。去年の真空ジェシカ、ちょっと僕は遠すぎたというか、ちょっとマニアック過ぎたんですよ。で、近すぎると今度ベタになっちゃいますから。そういう意味では、今年僕はちょうどいいぐらいの距離感でよかったんですけどね。ーーそうか、敗退か」

 “遠近感”、“距離感”というオリジナルな言葉を用いた秀逸な言い回しもさることながら、それ以上に好印象を抱いたのは、「そうか、敗退か」という、何気なく呟いたように見えたこの言葉だ。最後にポロッと漏らすように放ったその感じに、僕はより本音というか、真実味を感じたのはたしかだ。
 さや香の時とはまさに正反対の状況である。今度は自分が高評価を与えたコンビの評価が、思いの外、全体的には低かった。真空ジェシカの敗退を残念がっていたように見えたのはたしかだが、そのことを決して押し付けがましく言わなかったことに筆者は何より好感を覚える。自分とは意見が異なる人もいる。そうした現実もキチンと受け入れる。そこに審査員としての器の大きさを感じずにはいられなかった。

 その他でも、台詞を噛んだカベポスター(浜田順平)に対して「最後の最後にね、壁がペローンと(なった)」とか、モグライダーへの「ジョンソンも終わっちゃうし」など、さすが!と思わず言いたくなるコメントは他にも何度も見にすることができた。ネタへの感想プラス、自ら笑いを誘うコメントも決して忘れない。他の審査員がネタに対する感想で手一杯のなか、こう言ってはなんだが、この人だけはひとり次元が違うのだ。オリジナルなコメントに加えて、さらにはファイナリスト顔負けのネタで笑いを取る余裕さえある。

 そうした松本さんのコメントのなかでも、最後に挙げる今回こちらの印象に最も残ったものは、6組目のヤーレンズのネタに対して述べた以下のコメントだった。

 「全ボケ、誰かにはハマるようにできている」

 ヤーレンズのネタは文句なく滅茶苦茶面白かった。では、なぜ面白かったのか。ネタを見た直後は、その理由を筆者は言葉ではうまく説明することができずにいた。「ずっと面白かった」とは富澤たけしと海原ともこさんが述べたコメントになるが、あえて厳しく言えば、それは誰にでも言える感想でもあった。これぞプロというか、もう少し芯を食った言い回しはないものか。そう思っていた矢先に耳に飛び込んできたのが、上記の松本さんの言葉だった。

 この言葉を聞いた瞬間、ハッとさせられたというか、こちらは視界が急に開けたような爽快な気分に満たされた。心を洗われたような感覚と言ってもいい。ここまでわかりやすく、それもズバッと端的に言い表すことができるとは。さらに加えて言えば、その前に述べたコメントもこれまた極めて秀逸だった。

 「いやぁ、だから、ずっと面白いから。後半少し笑いが減ってきたような気になりましたけど、それはね、たぶんみんながね、面白すぎてちょっと疲れちゃった感じですよねーー」

 これまた納得度の高い、独自性溢れる言い回しに他ならない。今回令和ロマンに1票差で惜しくも優勝を逃したヤーレンズだが、この松本さんのコメントには準優勝と同じか、あるいはそれ以上の価値があると僕ば思う。今後の彼らの躍進、その期待の程が窺い知れる極上の賛辞。今回トップバッター優勝をはたした令和ロマンが与えたインパクトが凄かったのはもちろんだが、このヤーレンズも決して捨てたものではなかった。偉そうに言えば、こちらも僕の尺度に照らせば大あっぱれ。松本さんのこの秀逸で見事なコメントを通して、改めてそのことに気づかされた次第だ。

 芸人としての地位や名誉も含め、松本さんは審査員としてのレベルも規格外。その存在はあまりにも大きすぎる。キングオブコント、M-1、そして芸能界からこの人がいなくなった後が本気で心配だとは、今回のM-1で筆者が最も強く思ったことかもしれない。

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