トップバッターで優勝はほぼ不可能。M-1は笑神籤次第と言いたくなるこれだけの理由
ネタ、審査員、出番順。M-1グランプリ2023決勝を直前に控えたいま、その結果を予想するに欠かせない重要な要素はズバリこの3点だと僕は思う。早い話、この3点さえ事前にわかっていれば、少なくとも大まかな展開はある程度まで想像することはできる。決してそこまで予想を大きく外すことはない。少なくとも筆者にはそうした自信がある。
準々決勝、準決勝に目を通していれば、どんなネタをするのか、少なくともひとつは判明する。そのネタを見て審査を行う決勝の審査員の7名もすでに発表済みだ。残る重要なポイントはファーストラウンド(1本目)の出番順。これが視聴者はもちろん、ファイナリストを含む大会関係者の誰にもわからない。出番直前に行われるくじ(通称「笑神籤(えみくじ)」)で引かれた名前の順番によって、大会の出来栄えは決まる。大袈裟ではない。優勝は笑神籤次第だと、僕は本気でそう思っている。
その理由は簡単だ。1番にその名前が引かれた時点で、優勝の可能性はほぼ潰える。最近の大会はもちろん、過去を振り返って見てもそれは一目瞭然。大会が復活した2015年以降で言えば、トップバッターでは優勝したコンビはもちろん、最終決戦まで進出したコンビすら1組もいない。悪いくじとはまさにこの事。当たり前の話だが、誰かがこのくじを引かない限り大会は始まらないわけだ。
トレンディエンジェル(9番)、銀シャリ(4番)、とろサーモン(3番)、霜降り明星(9番)、ミルクボーイ(7番)、マヂカルラブリー(6番)、錦鯉(8番)、ウエストランド(10番)。上記は過去8大会における優勝コンビとそのファーストラウンドでの出番順になる。その順番の平均を取ればおよそ7番。俗に7番が最もよいと言われる理由になる。
そして言うならば、上記で挙げた優勝コンビのなかに、たとえ順番が1番でも優勝していたに違いないと言いたくなるようなコンビは正直いないと思う。サンドウィッチマン(9番)、NON STYLE(7番)もそうだ。パンクブーブー(8番)ならもしかしたらトップバッターでも行けたような気もするが、あくまでも感触程度の話だ。確信を持てるほどではなく、いまとなっては確認することも難しい。程度の差はあれ、どのコンビも少なからず出番順と結果(優勝)がそれなりに深く関わっていたと考える。
出番順がよくないと優勝は難しい。それは当然今回にも当てはまる。今大会のファイナリストを見渡しても、1番手から優勝をはたしそうなコンビは申し訳ないが見当たらない。これまでで最も競った大会になりそうだとはこちらの予想になるが、それだけにこの笑神籤の行方が勝敗を思いっきり左右すると思う。
こう言ってはなんだが、ここ最近の賞レースを見ていても、そのトップバッターで登場するコンビが筆者には可哀想に見えて仕方がないのだ。ニューヨーク(2019年・最下位)、インディアンス(2020年・7位)、モグライダー(2021年・8位)、カベポスター(2022年・8位)。上記はM-1における過去4大会のトップバッターと、その成績になる。いずれも期待値の高かった実力派であることは言うまでもない。だがそれでも成績は揃って下位に沈んでいる。その魅力を存分に発揮することなく舞台から去ってしまったという印象が強い。
だが、そうしたなかでも唯一存在感を見せた、頑張ったと言えるのが、2021年のトップバッターを務めた、今回のファイナリストでもあるモグライダーになる。いまや彼らの代名詞でもある「さそり座の女」のネタで、トップバッターとしては歴代最高の得点(637点)を記録するなど、可能な限りよい戦いぶりを見せたとはこちらの印象だ。だが同時に、このモグライダーの「さそり座の女」ネタを、できれば後半(7番前後)で見たかったという気持ちも強く残った。もし7番辺りで登場していれば、その得点並びに受け具合はもっと違っていただろうな、と。そして今回、そんなモグライダーはファイナリストとして再び決勝の舞台に戻ってきた。彼らのブレイクのきっかけとなった「さそり座の女」に匹敵するネタを引っ提げて、だ。
モグライダーの優勝はその出番順次第だと僕は考える。その出番順ははたして今回どうなるのか。彼らを優勝候補と見ている筆者にとっては、早い話、その出番順に最も注目しているコンビになる。
繰り返すが、場の空気が温まっていないなかでネタをさせられるトップバッターは極めて不利。優勝はほぼ不可能。これはなにもいまに始まったわけではないが、最近行われた賞レースではその例外というか、予想外の展開を見せたものもあった。
今年10月に行われたキングオブコント2023決勝。歴代最高得点に加え大会最年長記録も更新するなど、優勝したサルゴリラの活躍が記憶に新しいこの大会だが、個人的にそんな優勝コンビ以上のインパクトを与えたと言えるのが、準優勝のカゲヤマだった。
準決勝を視聴していた筆者の決勝前の予想では、カゲヤマは大会の優勝候補の一角だと見ていた。その優勝候補がいきなりトップバッターとして画面に登場してきたわけだ。キングオブコントの出番順はすでに決勝の何日も前に抽選で決まっており、関係者以外にはシークレットだったわけだが、それにしてもこちらは驚かされた。1番で登場した以上、その好成績はもはや望めない。まるで生贄を見るような気持ちでそのネタを見始めることになった。
ところがカゲヤマはこちらの心配も何のその、まさに目が覚めるような出来のネタを披露。トップバッターとしては過去最高の得点を記録するなど、最終的に2位で見事にファイナルステージに進出を果たした。9番のサルゴリラに抜かれるまでは1位をキープするなど、トップバッターながらここまで安定した戦いぶりを見せたのは、最近ではこのカゲヤマをおいて他にいない。それも特筆すべきは、カゲヤマ以外のグループが決してそこまで悪かったわけではなかったということだ。カゲヤマの後にも面白いネタが相次いで披露されたにも関わらず、与えたインパクトでその座を譲らなかった。あの松本人志さんがトップバッターに95点を付けたのはまさに異例。トップバッターによる優勝の可能性を十分見せつけた、昨今の賞レースに風穴をあける見事な戦いぶりだった。
キングオブコント2023決勝は過去に見た賞レースの中でもとりわけ秀逸な出来栄えだったとは個人的な感想になるが、それに深く関わっていたのがトップバッターで爆発を起こしたカゲヤマだった。続く2番目に登場してこれまた凄いネタを見せたニッポンの社長の存在も見逃せない。いわば先頭でいきなり相次いで爆発が起こったわけだが、最終的に9番目のサルゴリラが優勝したように、決して尻すぼみにならなかったことがこの大会を名勝負に導いた大きな要因だった。
トップバッターが爆発したほうが大会は面白くなる。そんなキングオブコント2023決勝を見て想起したのは、いまなおM-1史上最高の大会との呼び声も高い、M-1グランプリ2019決勝だ。ミルクボーイが史上最高得点を叩き出したことでも知られるこの決勝戦だが、その火付け役となったのは前半に登場したいわゆる優勝候補たちだった。
かまいたち、和牛という、優勝候補の1,2番手がいきなり2番と3番という序盤で登場したことで、決勝のボルテージが早くも高まったこの大会(先述のトップバッターを務めたニューヨークも得点こそ振るわなかったものの、ネタそのものは決してそこまで悪かったわけではなかった)。それに続くコンビも面白いネタを立て続けに披露するなど、全体的に見てもこの大会のレベルはとりわけ高かった。そしてミルクボーイ、さらにはぺこぱという無名コンビによる番狂わせが相次ぐなど、大会のレベルと試合展開の両方が高次元で噛み合った、まさに100点と言いたくなるような極上の出来栄えだった。
ファイナリスト決定直後のこの欄でも記しているが、今回は見るからに力の落ちる、いわゆる最下位候補はいない。あまりこうした言い方はしたくないが、敗者復活を含む全組に可能性がある。誰がトップバッターを務めようと、少なくともその受け具合を心配する必要はなさそうだ。
そうしたなかであえて筆者の願望を言えば、モグライダーとカベポスターのトップバッターはできれば避けて欲しいと考える。前々回、そして前回のトップバッターを務めた彼らに2回もトップバッターをやらせるのはあまりにも酷な話だ。この2組以外であれば、正直言って誰でも構わない。
大会の最高値の更新を期待するのであれば、トップバッターはそれなりに期待できる有力コンビが望ましい。さや香、令和ロマン、真空ジェシカ。公式サイトの人気ランキング(優勝予想)で今回上位につけているのはこの3組になる。このうちのいずれかがトップバッターを務めれば大会はより面白い展開になるのではないか。個人的にはそんな気がする。前評判の高いこの人気コンビがはたして序盤にどのくらい登場するのか。その数が多いほど大会のエンターテインメント性は高まるとは筆者の考えになる。
今回の笑神籤を引くのは、今年3月に行われたWBC(ワールドベースボールクラシック)で日本代表の監督を務めた栗山英樹さんと、その優勝に貢献した岡本和真選手(読売ジャイアンツ)の2人。システム導入以来、主にその年に活躍したアスリートが務めてきたこの笑神籤プレゼンターだが、はたして今年はどのようなくじが引かれるのか。大袈裟に言えば、そのくじで大会の行方は大方決まる。
最初に引かれたコンビはその時点でほぼ消えたも同然。反対に後に残れば残るほど、優勝の可能性はジワジワと増していく。過去最高レベルとも言えるファイナリストの顔ぶれが揃った今大会、接戦と目される優勝を左右するのは笑神籤次第だと、決勝を数時間後に控えたいま、改めて強調したい。