将棋にハマっている
これまで僕はこの欄で主にお笑いやサッカーに関することを独自の趣味や嗜好に基づいて発信してきた。時に文章が長くなったり、同じようなことをしつこく書き綴ることもあるが、基本的にこの欄で文章を書くこと自体は決して苦痛な作業では全くない。むしろその逆。自分の意見や考えを事細かに述べることが面白く、頭の中を整理するのに丁度いい。自分が興味を抱いた題材について詳しく書き記すこと、そのこと自体を楽しんでいることのほうが圧倒的に多い。以前からお笑い好き、サッカー好きの筆者にとって、自らの得意分野、好きなことに関して語ることは、とても幸せなことなのだ。
お笑い、サッカー。その他の好みを言えば、映画、読書、スポーツなどになるが、個人的にここ最近よく目にするようになったのは、将棋になる。その面白さに遅まきながらも気付かされている今日この頃だ。
もちろんこれまで将棋に関して全くの興味ゼロというわけではなかったが、普段から熱心に目を凝らしているというわけではなかった。羽生善治さん(現日本将棋連盟会長)や藤井聡太さん(現竜王・名人含む七冠)などの有名人を除けば、知ってる棋士は数えるほど。最低限のルール(二歩、打ち歩詰めなど)や駒の動きは知っているが、細かい戦法や定跡についてはそれほど詳しくない。つい最近まではまさにそんな感じだったが、いまではタイトル戦やテレビで放送されているNHK杯などに目を凝らす(にわか?)ファンのひとりに気がつけばなっている。
元々ある程度将棋に興味があったとはいえ、ここまで目を凝らすようになったのにはもちろん理由がある。現在タイトル七冠、そして前人未到の全8タイトル独占(八冠)を目指す藤井七冠の存在は確かに大きいが、彼の活躍はすでにデビュー直後からメディアで大きく取り上げられていたので、藤井さんの活躍がきっかけでハマったというわけでは全くない。なぜ僕がここ最近将棋に目を傾けるようになったかと言えば、ズバリ『龍と苺』を読んでいるから、となる。
『龍と苺』は現在週刊少年サンデーで連載されている将棋漫画なのだが、この漫画がとにかく滅茶苦茶面白いのだ。連載が始まったのは3年ほど前からなのだが、その第1話から現在に至るまで、こちらの心を掴んで離さない圧倒的な輝きを放っている。作中の物語はまもなく佳境を迎える感じだが、少なくともこれまで読んだ将棋漫画の中ではダントツだ。いや、これまで僕が読んだ漫画の中でも相当上位にランクされる。それほどに面白い。自分でいうのもなんだが、こうして将棋界に目を向けさせられていることがその何よりの証になる。
筆者が『龍と苺』という作品に出会ったのはふとした偶然だったが、ハマったのはある意味では必然だと言える。それはなぜかと言えば、この作品の作者である柳本光晴さんが以前描いていた『響 〜小説家になる方法〜』(全13巻)という作品も読んでいたからに他ならない。そしてこの作品もまた『龍と苺』に負けず劣らずの面白さだった。柳本光晴さんの作品にハズレなしとは、『龍と苺』を読んで確信したこちらの見解である。
話を戻す。こうした漫画をきっかけに現実の将棋界にも興味を抱くようになったのだが、そんな将棋界を知れば知るほど面白いというか、いまやその魅力にすっかり虜になってしまった。最近では対局の際にはAI(人工知能)による形勢判断や最善手などが画面に表示されているので、筆者のような特段将棋に詳しくない人が見ていてもわかりやすく、入り込みやすいのだ。対局を見ているだけでなんとなく将棋が強くなったような、なんとも言えない不思議な感覚を味わうこともできる。
また当たり前の話だが、将棋界は羽生九段や藤井七冠といったスターだけで成り立っているわけではないのだ。個性あふれる魅力的な棋士が数多くいることにも、その対局や将棋に関する情報などを通して気づかされた次第だ。
最近見た対局で印象に残っているのは、藤井七冠が永瀬拓矢王座に挑戦中の王座戦だ。挑戦者・藤井七冠にとっては前人未到の“八冠独占”がかかるタイトル戦というわけで、おそらく相当注目度の高いシリーズとなっていることだろう。第2局を終えた現在は1勝1敗の両者タイ。この王座戦を筆者はABEMAで見させてもらっているが、ここまで行われた2局を通してどちらの印象が強く残っているかと言えば、話題の藤井七冠ではなく、個人的には永瀬王座の方になる。
先日行われた第2局は130手を越えた最終盤に入ってもなお両者互角という、見応え十分の大熱戦だった。結果は藤井七冠の勝ちに終わったが、藤井七冠の強さが際立ったというより、永瀬王座の粘り、その我慢強さにこちらは感心させられた。素人の意見ではあるが、そう感じた人はそれなりに多かったのではないか。将棋界のトップをひた走る七冠を相手に、お互いが持ち時間を使い切る最後まで目が離せない接戦に持ち込んだ。終盤のほんのわずかなミスで優勢を奪われたことが結果的には敗着となったが、可能な限り七冠を苦しめたその戦いぶりは見事だったと思う。さらに言えば、第1局では永瀬王座が的確な受けを披露して見事な勝利を掴んでいる。藤井七冠ばかりが取り上げられるのは仕方ないが、判官贔屓の僕的には永瀬王座に思わず肩入れしたくなる。八冠独占はできればあまり見たくない。
王座戦は5番勝負なので、少なくともあと2局はある。第3局は先手の藤井七冠が有利だが、先に王手をかけるのははたしてどちらか。永瀬王座の八冠阻止に期待したいというのがこちらの本音だ。
藤井七冠と好勝負を演じながらも、将棋ファン以外で永瀬王座を知っている人は決してそれほど多いとは思えない。なにより自分がそうだった。羽生さんは知っているが、その羽生さんとタイトルを争っていた相手はほとんど知らなかった。羽生さん以外で知っていた棋士は、何年か前のアメトーークの「将棋楽しい芸人」で取り上げられていた数人くらい。それだけに、最近将棋を見るようになって気になった棋士は印象に残りやすい。先述の永瀬王座しかり。多くのトップ棋士が顔を揃えるNHK杯の出場棋士しかりだ。
先述の王座戦では永瀬王座の辛抱強さに藤井七冠以上の強いインパクトを受けたが、この王座戦では2人の対局者以外にも実はこちらの印象に強く残る棋士がいた。筆者が視聴していたABEMAで、この王座戦第1局の解説としてスタジオに呼ばれていた渡辺明九段になる。
通算タイトル獲得数31期は歴代4位(歴代1位は羽生善治さんの99期)。今年行われた名人戦で藤井七冠に名人を奪われるまで、約18年半もの間いずれかのタイトルを保持し続けていた、言わずと知れたトップ棋士の1人である。だが筆者がそんな渡辺九段のことを知ったのも実際はここ何年かの話。具体的に言えば『将棋の渡辺くん』という漫画を読み始めてからになる。別冊少年マガジンで2013年より連載されている、タイトル通り将棋棋士の渡辺明さんが主役の実録漫画だ。しかもこの作品の作者である伊奈めぐみさんは渡辺九段の奥さんであり、妻がトップ棋士である夫の日常を描くという、なんとも激レアな形のノンフィクション漫画である。僕がこの作品を読み始めたのは数年前からだが、それ以降、作品の主人公でもある渡辺明さんのことは個人的に気になる人物としてインプットされていた。
漫画から受ける渡辺九段の印象は人間味溢れる面白い人という感じだったが、実際にその解説する姿などを見ると、こちらが抱いていたイメージとそこまで大きく変わらないというか、むしろより好感を抱いたというのが正直な感想だ。いい意味で棋士っぽくないというか、真面目すぎないというか。そしてなにより真っ先に言いたいのは、話が面白かったことた。
将棋の棋士といえばなんとなく当たり障りのないことを丁寧に話す、悪く言えば閣僚の答弁ような面白味に欠ける喋りを少なからずイメージするが、このABEMAの解説に登場した渡辺九段にそうした印象は全くなかった。サービス精神が旺盛で、朗らか。そして「僕はこう思う」、「僕はこちらの方が好みだ」という自分の考えをハッキリと述べるので、喋りにキレがあり非常にわかりやすいのだ。加えてボケとツッコミを1人で行う話術や笑いを誘うセンスも持ち合わせているので、耳心地がとてもいい(その見た目と裏腹にと言えば失礼だが)。
自身がかつて体験したタイトル戦での出来事など、経験豊富なエピソード話も事欠かない。渡辺九段がいつ引退するかは知る由もないが、その喋りはタレントとしても十分通用しそうにも見える。話がお固すぎることもなければ、軽すぎることもない。少なくとも現在のトップ棋士の中ではその話術、喋りの面白さでは一番ではないだろうか。思わずそう言いたくなる理由は、変に好かれようとしていないというか、ある程度嫌われそうなことを恐れていなように見えるところになる。
自分が思ったことを素直に述べれば、少なからず抵抗感を抱く人は必ずやいる。自分の意見や主張などは、ある程度曖昧にしておいた方が何事も都合がいい。メディアに出演する人の場合はとりわけそうしたことが言える。だが、逆にその分だけ、自らの意見をハッキリと述べることができる人、キチンと言い切ることができる人は特段輝いて見えてくることも事実だ。この王座戦第1局での渡辺九段の喋りがまさにそれ。アンチの人も増やしたかもしれないが、渡辺九段に好感を抱いた人もそれと同じくらいか、あるいはそれ以上に発生させたことは間違いない。その喋りに、長年トップ棋士として将棋界に君臨してきたという自信の程が伺い知れた。
渡辺九段の切れ味ある喋りついでにもう一つ、加えて言いたいのが、先ほど述べた筆者の現在イチオシの漫画、『龍と苺』について。この漫画がいま最も面白いとは先述したが、それはあくまでも筆者個人の感想だ。渡辺九段に対する印象同様、この漫画もおそらくだが、好きな人と好きではない人に大きく分かれそうな感じがする。筆者にとってはストライクど真ん中だが、この作品に抵抗感を感じる人も少なからずいるだろう。何より絵があまり上手くない。お世辞にも絵が上手い漫画とは言えないが、それを補ってあまりある話(ストーリーやキャラ)の面白さがある。そこに作者である柳本光晴さんのこだわりや自信が透けて見える。「自分の(描く)作品は絶対に面白い」。この『龍と苺』には、そうした作者の思いがまさに手に取るように伝わってくるのだ。人から嫌われることを恐れていない。自分が描きたいことを描く。だから面白い。渡辺九段の喋りと柳本光晴さんの作品には、なんとなくではあるが似たようなテイストがある。少なくとも僕はそう思っている。
とまあ、ここまで色々と将棋に関することについて語ってきたが、何が言いたいかと言えば、将棋は面白いということと、将棋界には(羽生さんや藤井さん以外にも)気になる人がたくさんいるということだ。NHK Eテレの「将棋フォーカス」で現在講師を務めるトップ棋士の豊島将之九段も個人的にはその強さに魅了された棋士の1人だし、最近では今年度の竜王戦の挑戦者となった伊藤匠七段も注目したい存在だ。
A級棋士がいかに凄い存在か。タイトルを取ることがどれほど難しいことか。三段リーグを突破してプロになること(四段になること)がいかに狭き門か。これらの将棋界のことについて詳しく知ったのは、恥ずかしながらつい最近のこと。プロ野球選手より遥かに少ない、将棋棋士へのリスペクトが増す今日この頃なのである。