短編小説「置きざり猫ルル」中編

梅雨の走りの細い雨の降る日でございました

本格的な梅雨入るまでに　どこか落ち着ける場所を
探さなければなりません
長年この辺りに住んでおりますので
猫嫌いなおじいさんが
月に２度病院に通っていることは知っておりました
その日はわたしに意地悪をする人がいないので
おじいさんの家の塀を飛びこえて
その隣の広いお庭のある家をゆっくりと横切っておりました

強い視線を感じたのでちょと横を向きますと
なんとも暗い顔をした初老のご婦人が
ぼんやりと外を眺めておりました
ご主人様よりはひとまわりほど若いのでしょうか
そのとき目が合ってしまいました
わたしもは　なぜかその時に限って動けませんでした
その女性には何か已むに已まれぬ事情がおありのようです

その場に立って「さくら！さくらなの！？」
と叫びました
わたしは怖くなって、もうひとつ向こうの家に駆けこみました

高鳴る鼓動を整えながら考えておりますと

あの声で思い出しました

半年ほど前、朝も、昼も、夜も
「さくらー、さくらー」と呼びなが何かを探し続ける人がおりました
空き家になったご主人様の家にも、何度もまいりました
わたしはお子様でもいなくなったのかと思い
その時はとてもお気の毒に思たのでございます

しかし、さくらというのはどうやら私と同じ猫のようでございます
わたしはそのさくらちゃんに似ているのでしょうか？
この辺には八匹ほどの野良猫がおりますが
わたしに似た猫など一匹もおりません
みなミックスで
わたくしは腐っても血統書付きのシャムネコなのです

その日の取り壊し工事は５時に終わります
働き改革というもので、土曜日・日曜日・祭日もお休みします
その上朝の８時から５時までしか働いてはいけないそうです
その日は
まだ取り壊していなかった倉庫のほうで眠りました

しかしすべてが取り壊されるのも時間の問題でございましょう
やはりわたしは安全で　
他の猫が知らないねぐらを探す必要がございました

その次の朝もどんよりした朝でした
今にも雨が降りそうでございます
元来猫というものは水に濡れるのを好みません
もしかしら今日は工事が休みになるかもしれないと思いましたが
お腹が空いたので
いつものホルモン焼き店の裏まで来たら
この辺のボス猫がお供を二匹連れ、先に食べておりました
わたしはそっと踵を返しました　

昨日のことが忘れられず
お庭の広いお宅まで行きました
するとどうでしょう
ウッドデッキの白いお皿から
あの大好きなカツオのにおいが漂って来るではありませんか
わたしは嬉しくなりそのデッキの上にあがり
その硬いカリカリした物を食べてしまったのでございます
もしかしたら毒が入っているかもしれないのに・・・

その様子を奥様は遠くからずっと見つめておりました
その日から奥様は
朝と夕方にその硬いご飯を置いてくれるようになったのでございます
九死に一生を得るとは
まさにこういうことをいうのかもしれないと思ったのでございます
たまに雨の酷い時や　ホルモンやさんでお腹がみたされて
その家にお邪魔しない日も　もちろんございました

何日かぶりにわたしがその宅に参りますと
奥様はとてもうれしそうな顔をなさり
「あなたの赤ちゃんを見せて」
ともうします
この奥様は子供を産んだ猫を見たことがないのでしょう
二度も産めばお腹も弛み、乳も垂れてくるのです

わたしの食べてる姿をカメラなどに収めるようになりました
なにがいいのでしょう
こんな薄汚れた老描など・・・
わたくしだって若いころは自信がありました

でももうすぐ八歳になるのです。
その間にいったい何匹の猫が
病気や交通事故や猫同士の争いで死んだことでしょう
野良猫の寿命は長くて10年と言われております
温室のようなおうちの中のお猫様は
少なくても17・18歳くらいまでは生きられますが
悲しいかな　冒険も出来ず、子孫も残せず
ただ人の都合によって自由を奪われているだけのように見受けられます

おそらくそのさくらという猫ちゃんも
外の世界で冒険がしたかったのだとおもいますよと
教えてあげとうございましたが
いかんせん人間の言葉がしゃべれないのが無念でなりませんでした

この家の住人はその奥様と旦那様のふたりでございます
ウッドデッキの下はちょうど雨風が防げます
たまにボス猫が見張りに来ますが
ここの住人がボス猫を撃退してくださいます

すべての猫に平等というわけではないようです
シャムネコではないけれど
もしかしたらわたしはさくらちゃんにどこか似てるのかもしれませんね

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　後編へ続く

見出し絵は全編に引きつづき
にきもと様の作品を使わせていただきました
どうもありがとうございました

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