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短編小説「2番目の恋」

小学校5年生の時に恋をした
たぶん初恋だったと思う
それが早いのか遅いのか美沙子には判断できない
が、遅い方なのかもしれないと思う

5年生でクラス替えがあり
大差で委員長に選ばれた彼は
クラスの皆から人望ががあり
勉強も スポーツもでき おまけに習字も絵も上手かった
でも一つだけ苦手なことがあった
それは歌が下手だったことだ
人のことは言えないが、はっきり言って音痴なのだ

歌のテストが学期に1度あり、うまく歌えなくなると
途中からしゃくりあげるように泣き出し、テスト終了
よほど負けず嫌いだったのだろう
他の男子はこの時ばかりとからかっていたが、
美沙子は普段とのギャップに悶えた。

しかし、彼のお父さんについての噂は
いつもどこからか耳に入ってきた
彼の父親は母親と一緒にバス道路でラーメンやを営んでいたが、
背中に入れ墨ががるので若いころは堅気じゃなかったとか
小指がないそうだとかそういものだった気がする
美沙子の父親は古い考えの人間だったので
あいつには近づくなとよく言われたものだ。

しかし恋するものにとってはそんなことは関係ない
彼が近づくと胸がドキドキする
他の男子とは話せるのに
彼だけには挨拶すら出来なかった
もちろん目を合わせることなどもってのほかの状態だった。

そうやって彼だけを見て2年間が過ぎた

中学生になってクラスが分かれた
その頃、美沙子の通う中学校ははひと学年7クラス
1組と2組は第一校舎
3組から7組までは第二校舎と分かれていた
彼は2組でわたしは4組。靴脱ぎ場でさえも会えなくなった。

美沙子は考えた
彼が軟式テニス部に入部したことを聞きつけ
美沙子は陸上部に入部した
50メートル7秒9だったので、走ったところで大したことは無い
リレーも補欠決定だった
自ら幅跳びをしますと申し出た
顧問の教師は非常に喜んだ
美沙子がんばれよと肩をたたいたほどだ。

しかし本当の狙いは全く違うところにあった
テニスコートの横に幅跳びの砂場があったから
自ら進んで幅跳びを選んだだけのことだった。

準備体操の時もランニングの時も幅跳びの練習の時も
彼を目の隅で追いかけていた
そうやってまた2年が経った
合計4年間その子のことを思い続けた
それはそれでとても幸せな時間だった

同じ高校に行けるように勉強もほどほど頑張った
打ち明けるなどもってのほかだ
何もかもが崩れてしまう
片思いこそが美沙子の美学だった
そのことに何の悔いもない。

が、中学校3年生の5月のおわりだったと思う
国語の時間に「走れメロス」を習った
走れメロスに関しては当時何の興味もなかったが
国語教師が言った言葉に美沙子は強く引き付けらえたのだ。
「この作家の「斜陽」と「桜桃」が先生は好きだから
暇があったら読んでみて、夏休みに感想文を書いて読ませくれ」
というので、母親に頼んで買ってもらった。
母親は意外と教育ママだったので読書感想文というと迷わなかった。
読み始めると面白くて次々読んだ
総体予選の頃には「トカトントン」も「富岳八景」も読んで
もう「晩年」を読んでいた。

梅雨が明け
初夏の光が教室の窓に当たり跳ね返り
国語教師のすがたが光って見えた
34歳 身長182センチ 中肉中背 中高とバレー部
國学院文学部卒 男子バレー部顧問 声が無駄に良い
それまではそれぐらいの印象だった

が、その一瞬で
もう前の彼のことはすっかり心から消えた

それからはその国語教師の姿ばかり追うようになった
週5回の国語の時間を待ちわびた
他の授業は注意散漫で山ばかり見ていた

国語の授業だけ必死だった
芭蕉も一蕪村も一茶も子規も教わった
中原中也も宮沢賢治も教わった
徒然草も平家物語も障りだけだが教わった
全て一言一句も逃さぬように聞き入った
それは国語が好きだったからではなく
国語教師がが好きになったからだ
そうやって大人になってから困らない程度の知識は身に付けたつもりだ
だから美沙子の文章は中学3年からさほど変わっていない。

待ちに待ったバレンタインの日
中学最後のバレンタイン
チョコレートを革の長方形のカバンに入れて
最後のチャンスにかけた
結局チョコレートは受け取ってもらえなかった

チョコレートを受け取ってもらえなかった女子が
同じクラスに4人いて
放課後教室で女子会をしながらみんなで
それぞれのチョコレートを食べ比べながら
残念会を開いた
その3人とは今も友達である。

その日
もう少し暗くなった校舎の端で
当直の見周りをしていた国語教師とばったり出会った
胸が破裂しそうだった
「こんな時間までなにしよったんぞ!」
教師は普段見たことなない
怒りと愛おしさの混じった複雑な表情をしていた。
「みんなとチョコレート食べよっただけですから」
そう言って帰ろうとすると
右腕をつかまれて次の瞬間教師の胸の中にいた
何が起こったのかわからかったが
しばらくして今ハグされているのだと分かった

どれくらいの時間だっただろうか
美沙子にはとてのも長い時間に感じたが
おそらく10秒くらいの出来事だろう
教師は何もなかったような顔をして
「早く帰れよ」
と、美沙子の背中を押した

家に着いてからもしばらくボッ~としていた
二度と風呂に入りたくないな~と思った
そして美沙子はこの日のことだけで
一生生きて行けると思ったのだ

教師は早く亡くなり
同級会をしてもう会えないが
結婚し
子どもができ
おばあちゃんになった今も
美沙子はこの2番目の恋を忘れたことはないし
このひとより好きになった人もいない

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