「生ワカメのバター焼き」
マリーナからよく見える灯明崎沖に、 9:00にアンカーを打ち、一日中場所を変えることもなく、しかも上架の門限ぎりぎりまで釣っていたのだから、マリーナの人達は皆、何らかの釣果があったものと思っていたようである。
そこへ自分はデッキに根付きのワカメを一株のせて帰って来た。皆、何か一言言いたくもなったのだろう 。
「魚釣にいってワカメ釣ったの」
からかわれていると、一人が助け船を出してくれた 。
「それをバター焼にすると旨いよ」
早速やってみると本当に美味しかった。 二日間に渡って賞味したが、 ワカメとはとても思えない味で、 今までに食べたことのない種類のものだった。 動物性の食品のような味と歯ざわり、ノンカロリーのこともあってダイエット食品としてお勧めできる絶品である。 海の男はシンプルにして旨い料理法を知っているものだとつくづく感心させられた。
茎は裂いて佃煮風に、 根に近いところの葉は湯がいてねばねばと一緒に二杯酢で食べると旨い。
こんなにしつこく、ワカメを食べるのは、頭髪へのノスタルジアか、と自分でも思っている。
(昭和62年3月29日)
*代理の娘より一言*
父のエッセイ、何を最初に載せようかと思いましたが、短くてとても父らしく感じたのでこちらにしました。
なんだか美味しそうな文章が多いです。これはその一つ。
ただ、このワカメ、我が家の食卓に上って家族で食べた記憶はありません。おそらく母はこの得体の知れないワカメ(?)を嫌がったのだと思います。
父の楽しさは、当時、なかなか家族には共有されませんでした。
ちなみに父はこのとき52歳、30代後半から頭頂部の頭髪が薄くなり始め、50代に入った頃はだいぶ全体に広がっていたかと思われます。おそらく、ひとりで大量のワカメを食べても効果はなかったでしょう。それを分かった上で「ノスタルジア」と言っているのだと思います。
追記:
母に確認しましたが、母はこのワカメの存在すら知らされてはいなかったようです。自宅に持ち帰らず、ひたすらヨットで食べ尽くしたのかも知れません。ハーバーの方々にも食べていただいたのかも。
母に嫌がられることをわかっていたのでしょう・・・。