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【短編小説】痛みが無ければ

僕はふと思い出す
小さい頃医者の父さんにした質問を

あの日、僕は魔法アラビアンナイトの話を読んでいた

魔法のランプで願いを叶えるっていうあの話が僕は大好きで、
よくお父さんの病院の小児科の子供たちと読んでいた

いつものように読み聞かせをして
僕は周りの子たちと僕はこんな話をしていた。

「みんながもし魔法のランプを手に入れたら何を叶える?何がしたい?」
こんなかわいい話で盛り上がる小児科


あちこちから声が上がり
お菓子の家に住みたい!とか遊園地に行きたい!とか…

そんな夢のような願いが飛び交っていた。


…それでもやっぱり1番多かったのは

「痛いと言う気持ちをなくしたい」そんなものだった。


それはもちろん…と言ったら悲しいことだけど当たり前のことだった。

なぜならそこにいる子たちは病気と戦っていたり、痛い思いをたくさんしてきた子たちだったから。


僕は何か病気を持っていたわけじゃないけれど、
転んだときや怪我をしたときの痛みを知っていたから僕も


「痛みをなくすことが魔法のランプで叶ったらいいね!」と盛り上がっていた


すると
後ろから低くあたたかい声が飛んできた。

お父さんだ

「お父さん!今魔法のランプの話をしていたんだ」
ニコニコ顔で僕はお父さんに話しかけた


すると、お父さんは
「魔法のランプか?」確認してくる


「そうだよ!」
って口々にみんながいろんなお願いをお父さんに浴びせている。

さっきみたいなワクワクした夢のような話

そして僕は

「…お父さん。どうして人間は痛いと言う思いをするの?」
と聞いた

「それはね、人間が大切なことを知るためだよ」


僕は首をかしげ、よくわからないといったふうに疑問を抱いた



痛いということが、どうして人間にとって大切なのかが僕には理解ができなかった。

それに痛い思いがみんなの涙の原因になることが、
僕には許せなかったから、



「みんなは痛みを魔法で消したいんだね?」
と優しくお父さんは一人一人の目を見て言う


頷く子やそうだよ!と主張するように起立する子

そして僕も大きく同意する


すると

「痛みがないと人間の大切な1つの心が消えてしまうんだよ」とお父さんは言った

えっ?と驚きつつ首を傾げる

僕と同じで、周りの子たちも
その意味がわからなくて、首をかしげる子ばかりだった


すると、お父さんは
きょとんとしたみんなの顔を見てガハハとおおきく笑い

「みんなが大きくなったら、
きっと理解できると思うよ」



まだ子供だと言われ、少し不服そうにしている男の子や

お父さんの発言を気にも留めず、
魔法のランプのお絵かきをし始める女の子


そこに描かれたみんなの笑顔は
病気や痛みなんてない幸せそうな世界の僕たちが、お菓子の家で遊んでいる姿だった

「痛みがなければあんな世界だったのかな…」





大きくなってからも、
僕はたびたび魔法のランプの話を思い出すことがあった

願いを叶えたい

何歳になってもいろんなしたいことや、
夢はたくさん出てきて


それは好きな女の子と付き合いたいと恋い焦がれていた時や、
もっと部活で良い成績を残したいとか…



そんな叶えたい願いができるたび、
僕は魔法のランプの話を思い出した



そしてそのたび思い出す
お父さんの「痛みがなかったら人間の大切な心が1つなくなる」と言う話



そして、今の僕
また、魔法のランプの話を思い出した

大きな夢ができたから



それは、お父さんと同じ医者になること


小さい頃からお父さんの仕事を見てきて、憧れと言うのもあったし

小児科で病気を抱えたたくさんの子どもたちと関わってきた経験から
大きくなってからもあんな風に関わりたいと思ったからだ



魔法のランプで夢を叶えるなんて、
そんなのはずるだとわかっているけれどやっぱり憧れを抱いてしまう



もう僕は高校生。
医者になりたいと思い始めて、しばらくが経つ


久しぶりにお父さんと料理

2人時間が合うことなんてしばらくなかったから料理上手なお父さんと
こうやってまた料理できる!と浮かれていたせいかもしれない


「痛い!」
慣れない手つきで包丁勢いよく使っていたから指先を少し切ってしまった。

すると横にいたお父さんが
「おいおい大丈夫か?」と呆れ顔で絆創膏をポッケから出す

さすが医者
一瞬で絆創膏が出てくるなんて

「ありがとう」と受け取り指に巻く。



そして、僕はお父さんに
「今でもたまに思い出すんだけどね、昔していた魔法のランプの話」

すると、お父さんは

「ああ…よく覚えているよ」と
僕が詳しく説明するまでもなく覚えてくれていた。

僕は指先を見て言った

「やっぱり何度考えてもお父さんの
痛みをなくさないほうがいいと言うのがよくわからないよ」

「…だってすごく痛いもん」
そう。僕は切れた指先を見て言った。


すると、お父さんは言った
「痛いって感じなかったら、危険を感じることはできないだろう?
そしたら僕ら医者が患者を助けるのに、間合わないだろ

医者を目指しているお前にとってよくわかることなんじゃないか」


そうだけど…とうつむきがちな僕を見て続けて父さんは言った

「それにな、痛みっていうのは、物理的な痛みだけの話だけじゃないんだぞ」

「物理的な痛み…
じゃなかったら心ってこと…かな?」

そうつぶやく僕に


「まぁぼんやりとでも理解してくれたなら、今のお前なら上出来だ!」
そう言って、わしゃっと頭を撫でてくれた。
まだ子供扱いされていることに少し膨れっ面の僕


でもその時一緒に作り、
食べたシチューの味は格別においしかった


とてもとても暖かい。父さんの味



そしてお父さんと同じ医者になった今の僕。
やっと理解することができた。お父さんのその言葉。


痛いと言う気持ち

味わう事がなかったから、それは多分冷たい人間になってしまうと言うことだ。



たくさん勉強して、たくさんの人生、経験を積んできて

医者として新人だけれど
たくさんの人たちの姿を見てきて知った


痛みがなければ、心の痛みを知らないと言う事。
それは悲しいと言う気持ちや、人への思いやりと言う気持ちがなくなる事だった。


たくさんの人と関わって、楽しい思いをした。
友達との楽しい思い出や恋人だってできた。



でも、それと同じほど辛い思いをして心の痛さと言うものを知った。
失恋や喧嘩、

そして死別…

物理的な痛みと変わらないほど痛かった

でも
その心の痛さと言うのは、
僕にとって成長を与えてくれていたことにも気がついた



人への思いやりがなくなること。


痛い思いをするなんて嫌だった。
そんなの誰も望んでいないだろう


それでも、人間たちの痛いと言う気持ちは必要だった

痛みがなければ、きっと思いやりの気持ちなんてなかったし、この痛さからの衝撃が
人間の大切な思い出として強く根付いてくれるのだと思う


「いつかは理解できるよ」と言っていた。父のあの姿

残念ながらもう見ることができない。
もう出会うことはできないから。

でも

お父さんのことや患者さんたちのことを覚えていられているのは
痛みがあるおかげだと思う




あの時、もしなんでも叶う魔法のランプがあったら
痛たいと言う気持ちをなくしてほしい。
そんな幼い願いを持った僕だった。

でも
魔法のランプがたとえあったとしても、
それは叶わなくてよかったと思う。


人間として。医者として。

とても大切なことを教えてくれた。お父さん
今でもあのシチューの味忘れないよ





「先生、先生、アラビアンナイトの話、もう一度読んで!」

そう言ってきたのは僕の担当の子だ。

最近は元気いっぱいで走り回るようになってくれてうれしい。


最初は少し人見知りで距離感があったけれど、
絵本を読んだり毎日関わっていく間に少しずつだけど仲良くなっていた。




アラビアンナイトの話を始め僕はたずねる。

「魔法のランプがあったら、何を叶えたい?」

すると、男の子は考えて


「…そうだなぁ。病気。治したいなぁ」

やっぱり。と僕は思う



アラビアンナイトの話を入院している子たちにした後
何を叶えたいか聞くと、大抵の子はこう答えるから


そして僕は毎回子供たちに父さんと同じことを言う

「もし痛みがなくなったらね
人間の大切な心が1つ減ってしまうんだよ」と

すると、やっぱりみんな首をかしげる。


あの頃の父さんと同じ光景が目の前で起きているんだろうなぁと僕は想像する



きっとこんな気持ちだったんだろう

そして、また僕は父さんと同じことを言う
「大きくなったら、
きっと理解できると思うよ」

そっか…と
もう一度絵本を開いて魔法のランプを見る少年の姿は、
あの頃の僕と同じ瞳をしていた


きっと、この子もいずれこの言葉の意味がわかって、
温かい心が育ってくれることを魔法のランプに願う。

あとがき
痛みがあることはつらいですが、
このおかげで命の危険や心の大切な所に気がつくことができるのだと思います。

もし痛みがなければ…と妄想から生まれたお話です
痛みにさえ感謝できるような自分になりたいです

最後まで読んでくださりありがとうございました

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