見出し画像

理想と現実の相互補助

 理想と現実という言葉がある。

それぞれ相反する概念から、理想ばかり追っていても仕方ない、現実を見ろ、という局面においてしばしば使われることも多い。

通りいっぺんのコントラストとしてはそのような意味合いが常も、何をもって理想(夢)なのか、何をもって現実なのか、再定義レベルで見つめ直してみると、いちがいに理想と現実を混在させることも悪ではない。

 なりたい自分像というものや、叶えたい未来というものが、ある程度荒唐無稽なものだったとしても、そうしたゴールや着地点は形にしておいた方が良いと思っている。形があるからこそ、現実的な手段でどのように目的を果たすかの発想枠がやっと生まれたりするから。

壁に理想とする自分の状態をすでに叶えている人のポスターなどを貼って、常に意識をし続けろとか、そこまでのことはしなくて良いと思うが、理想と今の距離を測るために、目印のようなものは据えておいた方が良いと思っている。

理想は、度々「そこに追いついていない」という大きな焦りを生み出すこともあり、僕含め多くの人たちはそこで難儀な思いをしたり、大きな不安に襲われフリーズしてしまうこともある。

掲げた理想に対して足踏みし手をこまねくくらいなら、深呼吸とともに周りを静かに見渡し、一歩引いた目線からどんと構え冷静になってみること。そして、少しでもできると思ったことから着手していくことが重要だ。ここで「無理だから」「何から手をつけたら良いのか」わからなくなり手も足も出ないのは、一番避けたいところ。

手を進めることでしか生まれ得ない発想もあるし、それが理想に対して少しでも近づく手応えとうまくかみ合えば、とたんに想像力と手段の幅が拡がる。一見関係なさそうなことでも、自分の中では点どうしがうまく線になるような心理体験も増える。

そうした際、現実という視点が自信の根拠構築のため役に立ったりする。

理想はゴールではなく、あくまでチェックポイントと仮定しても、イメージの中で距離感がぐっと身近に感じられたりと面白い。

 "理想" と "現実" の相互補助を大事にしていきたい。せっかく理想を想像力で作れるのだから、ちゃんとなりたい状態や果たしたい目的をきちんと心に据えたうえで、それに準じたテクニックを実際的に磨いていければなと思う。

今日はこんなところで。

貴重な時間の中 読んでくれてありがとうございます。 「スキ(いいね)」は非会員ユーザーさんもできるので、 押してくれるとすごく励みになります。 そしてぜひ大阪に来た際は COPY HOUSE へ!🏡